またまた公開を楽しみにしていたA24『グリーン・ナイト』。A24初のファンタジー作品という触れ込みだけど、いやいや違うんでしょ?怖いんでしょ?って勘ぐっていたのは大きな間違いだった。J・R・R・トールキンが英語訳したというだけあって、なるほどと頷けるアーサー王円卓の騎士にまつわる冒険ダークファンタジー。それが『グリーン・ナイト』。
■ グリーン・ナイト – The Green Knight – ■
2021年/アメリカ・カナダ・アイルランド/130分
監督:デビッド・ロウリー
脚本:デビッド・ロウリー
原作:作者不詳「ガウェイン卿と緑の騎士」
製作:トビー・ハルブルックス他
製作総指揮:エドモンド・サンプソン他
撮影:アンドリュー・D・パレルモ
音楽:ダニエル・ハートマン
出演:
デブ・パテル(サー・ガウェイン)
アリシア・ビカンダー(エセル/城の奥方)
ジョエル・エドガートン(城の主人)
サリタ・チョウドリー(モーガン・ル・フェイ)
ショーン・ハリス(アーサー王)
ケイト・ディッキー(王妃グィネヴィア)
バリー・コーガン(盗賊)
ラルフ・アイネソン(緑の騎士)
■解説:
「指輪物語」の著者J・R・R・トールキンが現代英語訳したことで知られる14世紀の叙事詩「サー・ガウェインと緑の騎士」を、「スラムドッグ$ミリオネア」のデブ・パテル主演で映画化したダークファンタジー。「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」のデビッド・ロウリーが監督・脚本を手がけ、奇妙な冒険の旅を通して自身の内面と向き合う青年の成長を圧倒的映像美で描く。映画.com
Contents
あらすじ
ただ何となく怠惰な日々を過ごしているアーサー王の甥サー・ガウェインは、武功も無く騎士になれずにいる。そんなある年のクリスマスの夜、円卓の騎士が集まる王の宴の席に突然“緑の騎士”が訪れ、勇者たちに「首切りゲーム」を持ちかける。武功をあげたくて内心焦っていたガウェインが名乗りをあげ、緑の騎士の首を彼の戦斧で落とすが、緑の騎士は立ち上がり自分の首をかかげて言い放った。
「1年後に会おう。その時にはお前の首をもらう」
登場人物と感想
中世ヨーロッパの王国を扱う作品によく登場するダメな後継ぎ王子様。昼間っから町中の居酒屋や娼館なんかに入り浸り、酔っぱらってはくだをまき、喧嘩をしては傷を負い、馴染みの娼婦に労わってもらう。けれど父王が病に倒れたり、戦争で重傷を負ったりしたという連絡をもらうやいなや、城に駆け付け怠惰な生活から一転、勇猛果敢な騎士となり、亡き父に代わり戴冠する。そして美しい妃と共に素晴らしい王となる ─
みたいな設定の物語の原点って、今回の原作「ガウェイン卿と緑の騎士」(作者不詳)みたいな古典叙事詩におうことが多いのかなっと本作を観て思った。それはだらしなく頼りない若者の成長物語であり、時代を越え普遍的な夢のある成功物語でもある。
今回の主人公はアーサー王の甥で円卓の騎士の構成メンバーでもあるガウェイン卿。原作では既に騎士の地位を得ている彼の武勇伝外伝のように描かれている。けれど本作『グリーン・ナイト』では、まだ騎士になれていない、うだうだしたただの若者だ。人は悪くないが、他人のために命を捧げるような行いには程遠い毎日に、周りの人間は生暖かく見守っている状態。けれど、もうそろそろ武勲の一つや二つ、剣を使った自身の物語の一つや二つ持ってもいい年頃。
そこに突如現れた“緑の騎士”。
この緑の騎士こそが若者ガウェインに「名誉とは何か」を教え叩き込む。本作はそんなお話だ。ちなみに原作ではすでに誉高い騎士であるガウェインと緑の騎士二人の「名誉比べと讃え合い」みたいな印象がする。
ガウェイン
アーサー王物語に登場する伝説上の人物。「円卓の騎士」の1人で、アーサー王の甥に当たる。オークニー王ロトとアーサーの異父姉モルゴースの子。
Wikipedia:ガウェイン
初期の伝説によれば、アーサー王の甥として最も優秀な騎士として活躍した。ケルト人社会においては王に子供がない場合は王の姉妹の子が後継者となる風習があったため、フランス風の騎士物語の影響を受ける以前のガウェイン卿の地位はかなり高いものであった。
ただし、ランスロット卿の地位が高いフランス版、あるいはその影響を受けたマロリー版での扱いは相当悪い。
円卓の騎士の一人となるガウェインは、本作ではまだ騎士でもないただの若者。早く武勲をあげ、名誉たる騎士にならねば…という焦りはあるのだろうが、焦れば焦るほど怠惰な生活に逃げてしまう。やらなくてはいけないことを分かっていれば分かっているほど、他の楽そうなことを始めて忘れたふりをしてしまう。ぁあ~耳が痛い(-.-)
ガウェインもだらしないが、周囲の大人たちも甘い。叔父夫婦のアーサー王と王妃グィネヴィアは早く一人前になって欲しいけど「今じゃなくてもいいのよ、まだね」ってとろけるような優しい表情で彼に言って聞かせる。魔女として誉も高い母親モーガンも同じ。彼の行くところ、やることが心配で心配でならない。キツネになってガウェインの旅に着いて回ったのはこの母親かな。
クリスマスの宴に現れ「首切りゲーム」を言い出した緑の騎士の首切りを「俺がやるぜ!」と声高らかに名乗りを上げ、彼の戦斧で首をスッパリと落としたガウェイン。緑の騎士は首を落としやすく跪き首を捧げているのだから簡単なお仕事だ。だがガウェインはこの時知らなかったのだ。このゲームの次の章「1年後に今度は自分の首が落とされる」ということを。そんなことも忘れてまたもや1年を無駄に過ごしたガウェインは、今まで味方と思っていた大人たちから名誉のために首切りゲームを成し遂げよと言われてしまう。それは緑の礼拝堂で待つ緑の騎士の元に行き、自分の首を捧げること。
黄色いマントのガウェインは英雄になるべく城を出発した時の彼の姿だが、遠くまで町の子どもたちが「がんばれぇ~」って見送りに来てくれている。それなのに一切振り向かない彼は、目の前に広がる自分の不安と恐怖でいっぱいいっぱい。心の中で「なんで俺、死ぬために出発したんだろう。え、なんで?やめたらあかんの?」とか思ってそう。ぃゃきっと思っているだろう。
アーサー王と円卓の騎士
5世紀末にサクソン人を撃退したとされる英雄アーサーは、ブリトン人(ウェールズ人)の間で古くから伝説として語り継がれてきた。騎士道が花開く中世後半になると、アーサー王伝説はシャルルマーニュ(「フランスもの」)やアレクサンドロス3世(大王)(「ローマもの」)と並んで「ブルターニュ」(ブルターニュものとも)と呼ばれる騎士道文学の題材となり、フランスを中心に各地でさまざまな異本やロマンスが作られた。その過程で本来関係がなかったエピソードが円卓の騎士の物語として徐々に組み込まれていった。
Wikipedia:アーサー王物語
円卓の騎士
アーサー王に仕えた精鋭の騎士たち。各々魔法の円卓に席を持つ。席の総数、構成員は作品によって異なる。
Wikipedia
- ランスロット
- ガウェイン
- トリスタン
- ガラハッド
- パーシヴァル
- ボールス
- モルドレッド
- コンスタンティン
- ベディヴィア
緑の騎士
“緑の騎士”はその名の通り、古い巨木と葉に覆われたような姿をしており、人ではない他の何者かである。クリスマスに現れたことから人でなしの老人の元に現れた「クリスマス・キャロル」(1843年作:チャールズ・ディケンズ)の3人の幽霊をチラッと思い出した。
それはあながち間違っておらず、このクリスマスの日、首を落としたのはガウェインで落とされたのは緑の騎士だったが、実際には自分の首を持ち悠々と立ち去った騎士にガウェインは今までの怠惰な生活をぶった切られ、否応も無く命をかけた旅にでるはめになったのだった。
城主と奥方
ガウェインの旅には色々訳ありな人物が登場する。
その中に旅の終わり近くで行倒れたガウェインを助ける城主ロードと奥方がいる。彼らは空腹で寒さに震えるガウェインを手厚くもてなし、ガウェインも礼節を持って感謝するのだが、城主は毎日狩りに出かけてはガウェインに獲物をプレゼントするのだと言うし、奥方は城主の留守の間にガウェインを誘惑する。ガウェインはここで奥方の誘惑に対する忍耐と城主への忠誠心、すなわち名誉と勇気、騎士道精神を試される。試され続ける。
が、彼の最後に取った行動はどうだ?奥方にもはっきりと言われたが彼にはまだまだ足りない。緑の騎士が待つ緑の礼拝堂はすぐそこだと言うのに。
森に住む女性
森の中に小さな家を見つけ入り込んで眠ってしまったガウェインに「あなたはここで何をしているの?」と声をかけたこの家の住人の女性。彼女は自分の首を無くしたという。家の前の池に沈んでいるから拾ってきて欲しいとも。
ガウェインは拾ってきてやるが思わず女性に対価を求めてしまう。これでは騎士道精神にそぐわない。ガウェインにはまだ足りない。
巨人
狐と荒野を彷徨う彼の前に女性の巨人集団が現れた。赤子を抱く女性もいる巨人にガウェインは迷うことなく大声で叫ぶ。「その肩に乗せてくれないか?谷を渡りたいんだ」
ま、ここでまたもや『ロード・オブ・ザ・リング』の木の守り神エントの肩に乗り微笑んでいるホビットを思い出したんだけど、ガウェインは名誉のために騎士になろうとしている若者だからね。おかしいね?その頼みは(-.-)
エセル
ガウェインを愛し守ってくれていたエセル。旅のお守りにと鈴を渡してくれたが、その鈴も旅の途中で失くしてしまう。そして彼女はこの旅の後に大きな役割を担うことになるが、その時にはガウェインの心の中に彼女は無く、彼女には憎しみだけが残る。
これも間違っていたね、ガウェイン…
彼にとってある意味女性は誰でもいい。あまり相手について深く考えていない。だからエセルと奥方は同じ人で、森の女性には首がない。首を戻してやったことは彼にとっての成長の第一歩ではあったが。
追剥 おいはぎ
旅の初めに追剥にあったガウェインは衣服から馬、大事な剣や母にもらった緑の帯まで文字通り身ぐるみはがされ、紐で縛られ森に転がされ置いていかれる。追剥の少年はその少し前にガウェインと会っており、ガウェインに無礼な態度をとられていた。だからこその犯行であったのかどうかは分からない。けれどこの旅の初めに既に間違った行動をしてしまったのには違いない。彼はいったいどこで挽回できるのだろう…
緑の騎士とは
登場人物を登場するのとはほぼ逆に見てきたが、そもそもタイトルでもある“緑の騎士”とはなんだろう。
原作では魔法をかけられている城の城主ベルシラック(本作ではロードと呼ばれている)となっている。ベルシラックもアーサー王の騎士の一人となっている物語もあり、こうなると全てはガウェインにしっかりして欲しいアーサー王の計画か?と怪しんでしまうが、本作ではそういう結末にはなっていない。
名誉ある騎士を目指すものの、なかなか行動できないガウェイン。その毎日をぶった切った緑の騎士とは周囲の皆の心の声だ。ただ一人の王国の正当な後継者である彼の怠惰な毎日に対する、王の王妃の母親の騎士たちのエセルの国民の声が具現化したものであり、彼本人の心の中にある焦りの象徴であるとも言える。
城の奥方が【緑】は豊かな自然の象徴でありちょっと気を許すと辺りに蔓延り、手がつけられなくなる。人には決して勝てない色なのだ、と言っていた。この話は緑が葉っぱというだけの話ではない。気を抜くとあっという間に楽で悪い方へ突っ走ってしまうもの。常に自制心が必要なもの。それらは全て自分の心の中にある。緑は自分の敵であり、自分自身でもあるものだ。
ガウェインの前に現れた騎士が緑であったことは、必然だったのだ。
首について
その人物をはっきりと特定するもの。魂。中世の頃は魂を抜き、完全に征服し手中に収めるため敵を斬首した。それは首こそがその人物であることの証であり象徴だからだ。そこにはその人物の考え方、生き様、責任全てが表現されている。首をとられるという事は、即ち死んで存在しなくなることに。
本作で斬首されたのは緑の騎士、森の女性、ガウェインの3人。彼らは各々彼らではあるけれど、誰にでも何にでも置き換えることが出来る。誰でもなく、同時に誰にでもとって変われる者たちで、本作を観て読んだ人たちがその行動について考えなくてはならない者たちだ。逆に首のある者は他の者には代われない。自分の生き様に責任を持つ唯一の人であるのだ。
ラスト(ネタバレあり)
緑の騎士に首を差し出した彼はその後、王になる。名誉ある行動をとり騎士になって王国を継いだ。ほわっと生きていた若者の顔付はどんどん厳しくなる。エセルから子どもを取り上げ世継ぎにするが、不幸に見舞われる。それは彼自身だけでなく王国にまで及び、彼は最期、孤独に死ぬのだ、首を落として。
けれどどう?緑の礼拝堂で騎士に首を差し出していたガウェインがこんな未来の走馬灯を見た。この夢を見てどうせ騎士になって国を継いでも不幸で苦しい中で死ぬのなら今死んでも同じことと、将来の背負うべきものから逃げ出したガウェイン。いったいどっちが正しいのか?ただの夢を見て今、命を差し出すのか。とりあえず自分で自分の人生を切り開こうとするのか。
最後に
人には最初から決まった未来などない。自身で考え何かを始めれば、また新しいページが広がる。
【名誉】とは誰もが見てわかる点数じゃない。それは各個人の心に宿る信念であり、どうしても捨て置けない自分自身の感情だ。それを知っているのは自分自身のみ。誰かに説明するものではないのだ。
本作『グリーン・ナイト』 では、緑の騎士を「自然・未知・死への敬いの象徴」としている。取り方はそれぞれ。自分の首を大事にしたい。
そして最後まで観てどうしても気になっている場面が一つある。もしあそこで白骨化したのなら、それはそれでとてもガウェインらしい。でも彼は、とにかくあそこで行動を起こした。自分で自分を助けるために。だからこそのこの物語だったけれど、…ホントに行動したのかな…?
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