『ヘレディタリー/継承』(2018) - Hereditary

この世で絶対逃げることが出来ないものの筆頭にあるのが「遺伝子」。血液を全部入れ替えようが、身体の一部をロボットにしようが、脳が残っている限り、脈々と受け継がれていく家族の血脈。この映画を観てのまずの感想は「ピーター、可愛そう…」なのには違いないけれど

Hereditary

■ ヘレディタリー/継承  Hereditary – ■
2018年/アメリカ/127分
監督:アリ・アスター
脚本:アリ・アスター
製作:ケヴィン・フレイクス他
製作総指揮:ライアン・クレストン他
撮影:パヴェウ・ポゴジェルスキ
音楽:コリン・ステットソン

出演:
トニ・コレット(アニー・グラハム)
ガブリエル・バーン(スティーブ・グラハム)
アレックス・ウルフ(ピーター・グラハム)
ミリー・シャピロ(チャーリー・グラハム)
アン・ダウド(ジョーン)

■解説:
真夜中に見る夢、家の壁に描かれた文字など、全てのシーンがラストへの恐怖の伏線となる計算しつくされた脚本は秀逸。監督・脚本は長編映画監督デビュー作となるアリ・アスター。

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■あらすじ:
母エレンが亡くなり、ずっと確執のあった娘アニーはホッとする気分とともに葬儀を終え、新たな一歩を踏み出した。だが、元々人付き合いの苦手なアニーの娘チャーリーの挙動がおかしくなり始める。心配したアニーは気分転換にと、息子ピーターが参加するパーティーにチャーリーを同行させた。だが、チャーリーがパーティー会場でアレルゲンであるナッツの入ったケーキを食べたことから呼吸困難になり、ピーターは妹を乗せ慌てて病院へ向かう。だが、その道中、事故が起こりチャーリーは死亡してしまう ─

Hereditary:遺伝性、代々の


初っ端、映されるしっかりした大きなツリーハウス。けれど、どこか何かが斜めになっていて落ち着かない。続いてグラハム家の大きな家が紹介される。グラハム家にはミニチュア模型作家アニーが作る精巧な人形の家があちらこちらに飾られている。その家の中は、家具や雑貨、置物、人形に至るまで全てが本物のようにきちんと再現され、それぞれが持つ物語をこちらに訴えかけてくる。

その一つ、息子ピーターの部屋。ブルーの壁紙が張られた高校生らしいピーターの部屋に父親が入って来る。

Hereditary

ここはさっきまで、いや、父親が入って来た今でさえ人形の家の一部屋だ。良識のある父親と、ごく普通の高校生。思えば、初っ端近くのこのシーンには既にグラハム家の男性の行く末が暗示されていた。

彼らは人形の家の一つの駒にすぎない。

そして続く祖母エレンの葬儀。
喪主の娘アニーは、母との確執や母の頑固な性格などを隠しもせず挨拶に盛り込んだ。それを遺影から微笑と共に見守る母エレン。けれどこの遺影がまた、浮き出るように生き生きとしているのだ。平面な写真ではなく、

まるでそこに腰かけてでもいるように。

Hereditary

ここらあたりで、アニーの言うようにこの母エレンの存在、影響力はかなり大きなものだったに違いない、というのが分かってくる。続いて葬儀後すぐに墓が荒らされた連絡があった時には、これは尋常じゃない方向に進んで行くんだなってことも分かってくる。同時にアニーの一家が精神的な病を持つことも分かり、アニーの父親、兄が非業の死を遂げていることが明かされる。

そして始まる。

まずはチャーリーに。
学校の子どもたちとは馴染まない、クラスから浮いている少女。見た感じも一癖も二癖もありそうな、扱いづらそうな彼女は絵を描くことが好きだ。感じたことを絵にしているようだが、その描かれる絵もどこか不気味であり、その内容は見たものなのか、これから見るものなのか定かではない。

いったい何を描いているのか ─

そのチャーリーに葬儀後まもなく、青く光る不思議な光が見え始める。そして導かれるように出た庭先のその向こうに、火の輪の中に落ち着いて座る祖母を見る。

祖母のお気に入りだったチャーリーは、この後、事故死。
兄ピーターが呼吸困難になった妹を慌てて病院に運ぶ道路上に鹿が倒れていた。また「鹿」だ。というより、こちらが先か。いや、きっと今までもあったに違いない。道に倒れている何かを避けようとして災難がふりかかる若者の話が。

その一つ

Hereditary

鹿を避けることで電柱あたりに飛び出した車。この電柱にはシンボルがはっきり描かれていた。 このシンボルが何なのかは後にわかる。だが亡くなった祖母もアニーもこのシンボルのネックレスをしていたことは間違いない。

そして、この頃からグラハム家の壁に妙な単語が書かれているのをアニーは一つずつ見つける。

  • Satony サトニー
  • Zazas ザザス
  • Liftoach Pandemonium リフトーチ・パンデモニアム

まだ何のことかは分からない。壁が汚れているというのに、アニーも気にしないところに少し違和感を感じる。

だが本作で気になるのは文字が浮き出る壁だけではない。最初から最後までほぼずっと聞こえてくる地響きのような、少し早い心臓の鼓動のような、太鼓のような、ずっと鳴っている「」だ。早すぎず、遅すぎず、・・・・とリズムを持って聞こえてくる小さな音。だが、この音が、何かことが起きるたび早く大きく鳴り響く。まるで「音」がグラハム家をずっと監視しているかのように。合わせて、この音が大きくなるたびアニーの表情が、目を見開き口を結ぶ、または大きく口を開くアニーの形相が、それこそ悪魔のように映し出される。
本作の怖さは何といってもアニーの形相とチャーリーの無表情さであるから、この「音」はさらにそれを盛り上げる効果音になっている。

だが、この「音」とは?

Hereditary

半狂乱になりピーターを責めるアニーは「愛する人を亡くした人の会」に参加してジョーンと知り合い、霊能力者に教えてもらったという降霊術の存在を知る。チャーリーを呼び出したい一心で訝る夫と息子を無理やり参加させ、降霊を行ったアニー。グラスが動き、風が吹き、ガラスが割れる。確かにその場に目に見えない何者かが現れた。

だが、普通、降霊術はその道のプロである霊能力者ありきじゃないとできないのでは?家族皆で手をつなぎって最初は言っていたのに、アニーは「一人でやってチャーリーが現れた!」「あなた方にも見せたいから、ぜひ一緒に」と興奮していたが、このあたりで、ん?となりはしませんでしたか?
それにずっと引っ掛かるジョーンの言葉

命を奪ったんじゃない。娘さんは死んでない

これを訳すと、「チャーリー(の身体)を死に至らしめたけれど、命を奪ったわけじゃない」になる。精神的な魂的な意味合いに聞こえるものの、この文章には主語が抜けていて、付けるとすれば「私は、私たちは」となる。「私=ジョーン」となる。

Hereditary

だんだんと不気味なものが正体を現し始めた頃、それは母アニーに憑りつき、兄ピーターに纏わりつき、グラハム家は崩壊し始める。

  • サルヴェ
  • ペイモン
  • レックス
  • オクシデンタリウム
  • ハ・ペイモン
  • バルグ

・・・

呪文と共に現れたのはチャーリーではなかった。これらの呪文によって地獄の扉が開かれ、召喚されたのは「地獄の王 ペイモン」だった。

Hereditary

パイモンまたはペイモン(Paymon, Paimon)は、ヨーロッパの伝承あるいは悪魔学に登場する悪魔の1体。悪魔や精霊に関して記述した文献や、魔術に関して記したグリモワールと呼ばれる書物などにその名が見られる。
現れる際には、王冠を被り女性の顔をした男性の姿を取り、ひとこぶ駱駝に駕しているとされる。また、トランペットやシンバルなどの楽器を携えた精霊たちを先導として現れる。最初に現れた際にパイモンは大音声で怒号のように話すため、服従させない限り召喚者はパイモンの話を理解できないという。
召喚者に地位を与え、人々を召喚者の意思に従わせる力も持つ。

Wikipedia

エレン~アニー~チャーリーと続いた、呪われた血脈とは、「地獄の王ペイモン」を守る家系であること。アニーは、はっきりとは知らずにここまで生きてきていたが、チャーリーは産まれた時から自分の使命を知っていたのだろう。祖母エレンもそれを分かっていた。だがペイモンには健康な若い男性の身体が必要であるため、最初はエレンの息子の身体を。だが自殺で失敗したためにピーターの身体を狙った。

上にも書いた、ことが起きるたびに大きく鳴り響くあの「音」とは、ペイモンが現れた時になると言われる楽器の音なのだろう(のWikipedia参照)。女性たちの首を切り落とし、捧げものとする一方で、身体は首を無くしてなお、ペイモンにひれ伏す。魂を殺されてしまったピーターの身体に入ったのは、ペイモンなのか。それともチャーリーなのか。チャーリーの身体を使っていたペイモンなのか。

普通に考えるとペイモンなのだろうけれど、口の中で舌を鳴らす癖がチャーリーだけに気になるラストだ。

しかし何度見てもグラハム家の男性が気の毒で、涙が出そうになる(-_-;) けれど、この救いの無い、どこにもブレの無い、続編さえ必要のないペイモン(もしくはチャーリー)勝利で終わるラストは、とても清々しい。これが悪魔の召喚話であっても、ちょっとおかしな人の集まり話であったとしても、久しぶりの怖がれるホラーというのには間違いない。
これには上にも書いた通り、トニ・コレットの形相とミリー・シャピロの無表情さが絶対不可欠であるけれど。

にしても、トニ・コレットとフランシス・マクドーマンドとジェイミー・リー・カーティスがちょっとごっちゃになっているのは私だけかな(‘Д’)…

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