以前に書いた『鮮血の美学』(1972)のベースとなる作品。話の流れは同じでも観る者に与える破壊力は、かなりおとなしめ。が、今から60年も前になる公開当時は、あまりの衝撃的な内容に内外で物議を醸したという。
■ 処女の泉 - Jungfrukällan – ■
1960年/スウェーデン/89分
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:ウラ・イザクソン
製作:イングマール・ベルイマン他
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:エリク・ノルドグレン
出演:
マックス・フォン・シドー(テーレ)
ビルギッタ・ヴァルベルイ(メレータ)
グンネル・リンドブロム(インゲリ)
ビルギッタ・ペテルソン(カーリン)
■解説:
映画.com
スウェーデンが生んだ世界的巨匠イングマール・ベルイマンが、敬虔なキリスト教徒の娘に降りかかった悲劇と父親の復讐を通して“神の不在”を描いたドラマ。2013年、デジタルリマスター版でリバイバル公開。2018年の「ベルイマン生誕100年映画祭」(18年7月~、YEBISU GARDEN CINEMAほか)でもリバイバル上映。
■あらすじ:
16世紀スウェーデンの田舎町。豪農のひとり娘カーリンは、教会へ向かう途中で3人の羊飼いに出会う。貧しそうな3人に食事を施すカリンだったが、彼らはカリンを強姦した上に殺害してしまう。娘の悲劇を知ったカリンの父テーレは、復讐心から3人を惨殺するが -
英題:The Virgin Spring
16世紀のスウェーデン。地方の小さな村で豪農の一人娘として大事に育てられているカーリン。ぐるりと囲う壁と門を持つ小さなお城のような家に、使用人や小作人が一緒に暮らす。敬虔なキリスト教信者の暮らすこの村の人々はみな善人で、特にカーリンは人を疑うことを知らない。
だが一人、恵まれたカーリンをうらやむあまりに、呪いの言葉を自らが信仰する北欧神話の主神オーディンに捧げている使用人の娘インゲリがいた。
そんなある日、手作りのロウソクを教会に寄進するため、二人は馬に乗って村を後にする。冬にしては暖かな良い天気の日、ゆっくり進む二人。だが暗い森を前にして、インゲリが進むのを嫌がった。暗い森の前には番人のように佇む一羽のカラス。カラスは戦争と死の神オーディンの使い魔だ。自らが呪いを捧げたにも関わらず、そのあまりの恐ろしさに怖気づくインゲリ。何も知らないカーリンはインゲリを置いて一人森の中に入っていくのであった。
人を疑うことを知らないカーリン。この後出会うとんでもない小悪人の兄弟に、言葉巧みに騙されてお弁当と一緒に食事をする時間と隙を与えてしまう。
あんたの手はどうしてそんなに白いんだ
どうしてそんなに綺麗な首をしているんだ?
なんて細い腰なんだ
まるで赤ずきんに出てくる狼のセリフ。カーリンがこれから起こるだろう事に気が付いた時には何もかもが既に遅かった -
さすがに心配で後を付いてきていたインゲリは全てを目撃、自分のしたことに恐怖するのであった。
たまたま、一晩の宿を願って訪れた旅の兄弟3人が持っていたものに娘の大事な着物が含まれているのを見つけた母。娘はこの晴れ着を着て喜んで教会に出発したのだ。全てを悟った両親は我が娘を奪った輩に復讐する。
本作をベースに作られた『鮮血の美学』(1972)。
舞台が16世紀と20世紀の違いがあるとはいえ、モノクロ作品でほとんど音楽が無く、聞こえてくるのは鶏の鳴き声か木々のざわめきか、という本作は、とても静謐な静かな世界が描かれている。
それだけに、悲劇にあったカーリンのか細い泣き声や、復讐の前に父が自らの身体に木の枝で鞭打つ苦行の音が、大きくこちらの胸に突き刺さる。
反対に20世紀の『鮮血の美学』では都会の喧騒から始まり、娘たちの悲劇のシーンがかなりの時間を占め、犯人グループの残虐さ、場にそぐわない大笑い、娘たちの恐怖が大きな音となって響き渡る。
娘の亡骸を見つけた森の中。音も色も無い世界で、両親の苦痛だけがこだまする。天を仰ぎ神の不在を嘆く父。だが娘を抱き上げた瞬間、娘の死を受け止めた瞬間に湧きだした泉。その流れる水音は、今までの何よりも大きく聞こえる。死の神オーディンの子であったインゲリでさえ、この泉の水を顔に浴びて全ての罪を洗い流そうとする。
だが、私にはこの最後が「神の奇跡」というような事象には思えなかった。何の罪もないカーリンは無惨に殺されてしまった。これは、残された者、罪がある者、無い者、罪があると信じている者にかかわらず、亡くしたものがいない世界で生きていく支えを見つけることができた瞬間の場面なのだ。
『鮮血の美学』(1972) - The Last House on the Left –
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