『アンチクライスト』(2009) - Antichrist –

Antichrist

現代に蘇るダークファンタジー。支配するのは男か、女か ―
この作品は、可愛い盛りの幼い息子を亡くした夫婦が、その悲しみを乗り越え、より強い絆で結ばれていく、といったような美しい物語ではない。
Antichrist_13人間に業として与えられた欲望と、それを綺麗事で飾られた現実。そんなものを全てはぎ取り、決して偽善を許さない強い決意を持って作られている作品である。
偽善をむかれて出てきたものを直視できない者には、観ることをお勧めしない。
そしてこのレビューは基本的にネタバレになりますが、全てを書いているわけではなく抽象的に表現している部分もあるので、鑑賞後にお読みになることをお勧めいたします。

それでもよろしければ、どうぞ↓下へお進み下さい。

 

Antichrist_2009
■ アンチクライスト – Antichrist – ■
2009年/デンマーク・ドイツ・フランス・スウェーデン・イタリア・ポーランド/104分
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
製作:ミタ・ルイーズ・フォルデイガー
製作総指揮:ペーター・ガルデ、ピーター・アールベーク・ジェンセン
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
音楽:クリスチャン・エイネス・アンダーソン

出演:
ウィレム・デフォー(夫)
シャルロット・ゲンズブール(妻)
ストルム・アヘシェ・サルストロ(ニック)


解説:
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の鬼才L・V・トリアー監督が、息子を事故で失った夫婦の交流を衝撃的に描写。主演のC・ゲンズブールがカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。
基本的にたった2人しかいない登場人物をとことんまで追い詰めた衝撃作。前半は心理ドラマを思わせるが、後半はまるで暴走するかのようにホラー風サスペンスになだれ込むのが圧巻(カンヌでは気絶する観客もいたとか)。随所に見られるトリアーならではの映像美も見どころ。2人の主人公を、続くトリアー作品「メランコリア」にも出演したゲンズブールと「スパイダーマン」のW・デフォーが体当たりで熱演。
(WOWOW)
 
あらすじ:
ある夫婦が愛を交わしていたちょうどその時、目を離したすきに幼い息子ニックが開いていた窓から落ち死んでしまう。悲しみに打ちひしがれる夫婦。特に母親は自責の念に心を病み入院したが、一向に良くならない。それに業を煮やしたセラピストの夫は、自宅に妻を連れ帰り自ら治療を施し始める。そして妻が告白した恐怖の原因である「森」。かつて訪れたこともある山小屋のあるその森に、2人は恐怖を克服するため出発する-

 


プロローグ________
モノクロで始まる。
Antichrist_04解像力重視のハイスピードカメラが、水滴に映る光の影さえも捉える。
アリア「私を泣かせてください」(ヘンデルのオペラ「リナルド」の第2幕)の美しいソプラノに乗せて愛し合う2人は、まるでオリンポスの神々のようだ。
本作は全編に渡って美しい絵画のようなシーンが続くが、特にこのモノクロのプロローグシーンは、それだけで短編になり得るほどの美しさと説得力を持って、観る者に訴えかけてくる。

     
  監督ラース・フォン・トリアー
LarsVonTrier
デンマークの映画監督。様々なスタイルの映画で知られ、カール・ドライヤー、とくに The Night Porter から大きな影響を受けている。
公務員であった両親は進歩主義的な左派で、無神論の立場を取っており、「感情・宗教・楽しみ」を排し、子供には規則を作らないという家庭にしていたことが人格形成に大きな影響を与えたとラースは語っている。
■主な作品
 ・キングダム(1994/TV)
 ・ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)
 ・ドッグヴィル(2003)
 ・マンダレイ(2005)
 ・メランコリア(2011)    (Wikiより抜粋)
 
カール・ドライヤーに影響を受けているとあり納得。
動く絵画のようだと記事にした映画『吸血鬼』を思い出した。
 
  関連記事『メランコリア』(2011)
 
     

 
 
Antichrist_05雪が舞い、静謐で、ある種の神々しささえ感じられる中、その悲劇は起こる。
窓際のテーブルに置かれている「3人の乞食」の置物。
この置物を払いのけテーブルに上がった幼子は、そのまま雪の舞う外へと飛び立った。床に落ちた3体の乞食。
ここからこの作品の主役は、この乞食達となる。

 
 
 
第1章 悲嘆 -Grief________
幼子の葬儀から始まる第1章。
Antichrist_24葬儀に集まる親族の顔はぼかされ、ここでの登場人物は夫婦2人だけだ。
喜びも悲しみも夫婦2人だけの世界で起き、進行していく。
悲嘆に暮れる夫婦。特に母親は強い自責の念から心を病んでしまう。
薬で治療しようとする病院に不信感を抱いたセラピストの夫は、妻を家に連れ帰り、心のケアを開始する。

 

■悲嘆
負の感情表現のひとつ。脱力感、失望感や挫折感を伴い、胸が締め付けられるといった身体的感覚と共に、涙がでる、表情が強張る、意欲・行動力・運動力の低下などが観察される。さらに涙を流しながら言葉にならない声を発する「泣く」という行動が表れる。
最初は怒りによるその事実の否定からはじまり、自身の脳でその現実を受け止めるとともにこみ上げてくる感情である。事実を否定するほどでもない悲しみの場合は、怒りによる拒絶は発生しない。
 
■喪
親族を亡くした際、葬式の後に「喪に服す」期間があるのが一般的であるが、これは悲しみを克服するための期間であり、フロイトはこの期間で己がなすべきことを「悲哀の仕事」と名づけている。
悲しみを克服する期間が十分に与えられない場合、人間は抑圧状態となり、うつ病、引きこもり、不感症、多幸症などといった症状があらわれたり、それらが引き金となり、悲しみを忘れようとして他の物事に熱中し、過労になったりする等、悲しみという感情は時に怒りや憎しみ以上に感情や行動に狂いを生じさせてしまう事がある。

 
Antichrist_2009
悲しみを克服するためにはプロセスがある。
  否定→怒り→悲しみ→回復
どのプロセスも自然な反応で、消し去ることは出来ない。
悲嘆に暮れる妻の心を少しでも早く癒そうと、自分の持てるセラピストとしての力を100%注ぐ夫。しかし、このセラピストは患者が妻であったために、いくつも大事な点を聞き逃してしまった。
 

●プロセスの順がおかしいと病院の医師に言われた。
夫は医師に対して臨床経験が少ないとバカにしていたために、この妻の言葉も聞き流してしまった。
大事な人を亡くした時にまず起きるのが「怒り」によるその事実の否定。
妻はこれを飛ばして「泣く」という行動をとっている。
 
●泣きながら夫に話した自責の念
 あの子は皆がぐっすり眠っている時間
 ベビーベッドを降り、自分でゲートを開け一人で歩き回っていた
 誰も見ていないところで

この話には矛盾点がいくつもある。どうしてぐっすり眠り見ていないのに知っていたのか?
知っていたのに、幼子が一人歩くのをそのままにしていたのか?
ベビーベッドもゲートも安全装置があるのに使わなかったのか?
一人で歩き回ることを知っていたのに?

 
 
嘆き悲しみ、事故から1ヶ月以上もたって妻は夫を責め始める
自分と子供に対して無関心すぎる。子供が死んだというのに悲しみ方が足りない、と。
ここにきてようやく妻は「怒り」を表現しだしたが、それは子供が亡くなった事への現実逃避では無い。とっくにその現実は受け止めている。では、なぜ今になって…?
 
夫に対する疑問点もある。
Antichrist_25妻がまだ入院していた時に夫が持ってきたブルーの花
この記事で書かせてもらったが、ブルーにはプラスとマイナスのイメージがあるが、マイナスには「憂鬱、孤独」などがあり、病室に持って行く花の色としてはあまりふさわしくないのではないか?特に心を病んでいる場合は。それをセラピストの夫が選んだことに、かなり違和感を持った。
 
怒りの後、身体的苦痛を伴った「苦悩」の症状が現れた妻。
 ※具体的には、めまい・口の渇き・難聴・震え・心悸亢進・吐き気など
夫はここでさらに心の奥まで探るため、妻の持つ「恐怖」の原因を探ることにする。

 
 
 
第2章 苦痛 -Pain(カオスが支配する)________
 
Antichrist_45妻の恐怖の源の一つであるに入る2人。
 
この森の先には夫婦で、または親子で何度か訪ねたことのある山小屋がある。2人はその場所をエデンと呼んでいる。
人里から離れた場所にひっそりと建つ山小屋。大きな木の下に建つその小屋も自然の一つと化している。
 
そして又ここで変なことに気がついた。
妻の服装がハイキング姿なのに対して、夫は都会の雑踏を歩くにふさわしいとも言える普通のハーフコートを羽織っている。妻のためにとことん治療する目的で入った森。これではまるでお弁当だけ食べて、すぐに都会へ帰る人のようだ。ここでもかなり違和感を感じた。

 
Antichrist_27森に入って数日。
妻は自然の力も借りて、だんだんと心の平静を取り戻し、夜も眠れるようになる。
しかし、反対に変な夢を見るようになり、周りの自然に怯え出す夫。
それは、死産の子をぶらさげた鹿【悲嘆】や、傷だらけの狐【苦痛】の姿となって現れる。
 
元気を取り戻したかのような妻は、冷静でいようとする夫に告げる。
 「自然は悪魔の教会」
 「昔、聞こえなかった死んでいくものの泣き声が聞こえる」
 「これはまだ始まりにすぎない」

そして夫は目撃する。「カオスが支配する」と話す狐を。
Antichrist_30
 
この場合の「カオス」とは複雑でごちゃごちゃした状態というより、ギリシア神話に登場する原初神のことではないだろうか。

カオス(古典ギリシア語:Χάος, Khaos)とは、ギリシア神話に登場する原初神である。「大口を開けた」「空(から)の空間」の意。
 
ヘーシオドスの『神統記』に従うと世界の始まりにあって存在した原初の神であるが、最初にカオスが存在したという意味ではない。世界(宇宙)が始まるとき、事物が存在を確保できる場所(コーラー)が必要であり、何もない「場」すなわち空隙として最初にカオスが存在し、そのなかにあって、例えば大地(ガイア)などが存在を現した。また、ヘーシオドスはカオスのことをカズム(裂け目)とも呼んでいる。
 
『神統記』によれば、カオスの生成に続いてガイア(大地)が生まれ、次に暗冥の地下の奥底であるタルタロスが生まれた。また、いとも美しきエロース(原愛)が生まれた。しかし、これらの原初の神々はカオスの子とはされていない。
カオスより生まれたものは、エレボス(幽冥)と暗きニュクス(夜)である。更に、ニュクスよりアイテール(高天の気)とヘーメレー(ヘーメラー・昼光)が生まれた。世界はこのようにして始まったと、ヘーシオドスはうたっている。(Wiki)

 
そしてこの「カオス」とは、すなわち妻ということになる。
 
Antichrist_2009 
 
 
第3章 絶望 -Despair(殺戮)________
Antichrist_32違った意味で様子がおかしくなってきた妻を心配する夫は、小屋の屋根裏で妻が論文を書くために集めていた奇妙な資料を発見する。
それは「殺戮」というタイトルの本、魔女裁判などで拷問されている女性や悪魔と魔女の挿絵、存在しない「3人の乞食」の星座の図など、目を疑うものであった。妻の論文のテーマは「悪魔的な所行を犯す人間の本質」。
男の本質が悪魔なら、全ての女性達の本質も同じ悪魔だと。
この妻の、恐怖の源の頂点は「妻自身」だと夫が悟ったとき、妻は全ての表皮を自らはぎ取り、叫ぶ。
 
 「私を捨てる気か!?」

全ては、この疑心暗鬼が起こしたものであったのか。
どこまでも優しい夫。しかし妻は満足していなかった。
Antichrist_37優しくしてくれる夫の偽善の下に隠れた「何か」が見え隠れする。それが我慢ならなかった。夫に足かせをし、自由を奪う妻。逃げる夫。
【苦痛】に身もだえしながら、狐の穴に逃げ込む。そこには狐に捕らえられ【絶望】に鳴くカラスが1羽。逃げた夫を口汚くののしりながら捜し回る【悲嘆】の妻。
カラスの泣き声から夫を見つけた妻は、もはやカオスではない。カオスから生まれたエレボス(幽冥)であり、ニュクス(夜)だった。

 
 
 
 
第4章 3人の乞食 -The Three Beggats________
 
ここに1枚の絵がある。

 
Pieter_Bruegel_d._Ä.
 ピーテル・ブリューゲル「足なえたち」1568年、ルーヴル美術館所蔵
 
本作は二肢マヒの為に歩行の手段として松葉杖を使用する者「足なえ」たちを乞食の姿で描いた作品で、5人の乞食らはそれぞれ王、司教、兵士、市民、農民という社会的階級層を暗示させる帽子を着用している。
体に精神の俗化の象徴である狐の尻尾を無数に身に着けた姿は、(一般的に社会的弱者の姿を用いて)人間が見せる偽善的行動への批判、特に聖職者の偽善や貧欲への痛烈な批判だと解釈されている。

この絵の足なえ達のように足かせをされた夫は、我に返って謝る妻に助けられるが、もはや妻の偽善の皮は破れて中が丸見えになっている。では自分はどうなのか?足かせをはずせば元通りなのか?
倒れる妻の横に姿を現す鹿、狐、カラス。これらはいつまでまとわりつくのか。

Antichrist_2009

 
 
 
エピローグ________
全てが終わり、足を引きずりながら森を歩く夫。
道ばたの野イチゴをむさぼっていると、3人の乞食達は薄れて消えて行った。
するとエデンに向かう大勢の女達の姿が。若く美しい顔のない女達。
これは妻から解放された男の妄想なのか。
夫の偽善の皮の下に、妻は何を見つけていたのか。
 

Antichrist_02