あらすじを読んで以前観た『籠の中の乙女』にSF『クロニクル』を織り交ぜた感じかな~と思って観始めたけれど、ちょっと違ってた。アーミッシュの世界を描いたハリソン・フォード『刑事ジョン・ブック 目撃者』の少女版といった感じがベースの割と普通のお話だった。
■ シークレット・チルドレン 禁じられた力 – One and Two – ■
2015年/アメリカ/91分
監督:アンドリュー・ドロス・パレルモ
脚本:アンドリュー・ドロス・パレルモ他
製作:キム・シャーマン他
製作総指揮:ナイジェル・ウィリアムズ他
撮影:オータム・シャイエン・デュラルド
音楽:ネイサン・ハルパーン
出演:
キーナン・シプカ(エヴァ)
ティモシー・シャラメ(ザック)
エリザベス・リーサー(母エリザベス)
グラント・バウラー(父ダニエル)
■解説:
「君の名前で僕を呼んで」で一躍世界から注目を集めたティモシー・シャラメが、同作より以前に出演した作品で、テレビシリーズ「マッドメン」のキーナン・シプカとともに超能力を持つ兄妹を演じた青春SFスリラー。映画.com
Contents
あらすじ
人里離れた森の奥深くで暮らす両親と子ども二人のある家族。年頃の兄ザックと妹エヴァには短距離をテレポートできるという力が備わっていたが、父ダニエルは決してその力を使ってはならないと厳しく言い渡していた。自由もままならないこの生活の中で二人の楽しみは夜中に家を抜け出し、テレポートで遊び色々なことを話し合うだけだった。
そんなある日、身体が硬直し息が止まってしまうほどの発作の持病を持つ母エリザベスが他界する。子どもたちが持つ力と引き換えに神は妻に発作という罰をお与えになったと考えるダニエルは、より自分の言いつけを守らない妹エヴァを家から追い出してしまう ─
感想
『刑事ジョン・ブック 目撃者』は大好きな作品で今まで何度観たかわからないほど。殺人事件を目撃してしまった少年、厳しいルールに閉ざされた村に事件捜査で赴く一人の刑事と内に秘めた強さを持つ村の女性の出会い、静かに育まれていく愛、犯人を追い詰めるアクション等々全編すべてが見どころと言ってもいいほどの作品だ。
思えばこの映画で「アーミッシュ」という宗教集団の存在やキリスト教にも細かくいろいろな宗派があることを知った。そしてこの作品の影響なのか、“閉ざされた村”、“閉ざされた一家”、“厳しいルール”、“報われない愛”、そんな中で“自分らしく生きる、強く生きる”とはどういうことなのか?といったような主題の作品に惹かれるようになった。
なのでM・ナイト・シャマラン監督『ヴィレッジ(2004)』も好きだし、『肉 (2013)』、A24『ミッドサマー(2019)』も観ずにいられない。邦画でいうと古くは『犬神家の一族』『八つ墓村』などの横溝正史もの、Disney+「ガンニバル」、最近ではその名も『ヴィレッジ(2023)』。
狭い世界で不自由な思いをしていた主人公がどうやって広い世界に羽ばたいていくか?
それにプラスして『クロニクル』のような超能力を持っている不器用な少年少女が主人公となれば、本作も観ずにはいられない作品となった。
─ なったが、こちらは他作に比べ案外想像の範疇で物語は進み、終わっていった(-.-)
いくつかへぇ~ってなった点は、前半、彼ら家族だけしか描かれていない時には1800年代なのか1900年代なのか時代がわからない(アーミッシュって確か衣類のボタンさえ使わないように『刑事ジョン・ブック 目撃者』で習ったけれど、本作ではボタンのある服を着ていたな(?_?))。後半、そんな古い時代の話ではないことがわかってくるが。そしてこの一家が住まう場所には以前「村」があった。当時から村人たちには不思議な力を持つ者がいた 。が、一人消え、二人減りして今はダニエル一家だけ。だから土地の周囲に大掛かりな塀が作られていたんだ ─
このあたりの以前の村の話や母親エリザベスの癲癇のような発作の持病については曖昧ではっきりとは分からない。わかるのは最後に残った家族であるからこそ父親が子どもたちを厳しくしつけ、決して力を使ってはならない、この暮らしを守り抜けという考え方であること。けれど父親のいろいろな行動を見るに彼が本当に愛していたのは妻だけのような気がして、この父親を理解し感情移入することは難しい。
そんな閉ざされた狭い世界の中であるからこそ、ザックとエヴァ兄妹の絆は強いのだが何かどこかに違和感というか危うさを感じてしまう。
あわせて恐らく外の世界、家族以外の人にさえ会ったことがないだろうエヴァが少しずつとはいえ割とすぐに新しい世界に馴染む様子にも違和感を持った。だからこそラストはそうなるだろうというものだったけれど、ここでまた二人に危うさを感じてじまう…
そのラスト。
エヴァが考え二人で起こした行動については、はっきり言って「えっ(◎_◎;)」ってなった。同じようなラストを迎える『ギルバート・グレイプ』(1993)では兄弟たちと一緒に涙しながらその光景を見送ったというのに。だって生活力のない(その意味すら理解していないだろう)二人がこんなことを起こしてどうする?『ギルバート・グレイプ』で見ることが出来た“新たなる旅立ち”は、この二人にはまだまだ早い。あまりにも世間を知らなすぎる。あまりに危険で、このラストに二人と同じ目線で立つことはできず、第三者的な感動さえ感じない。
というわけで楽しみに観始めたものの、いたるところが中途半端な印象で雰囲気とイメージ映像でラストまでいってしまった作品だというのが私の感想。
残念