『ジョーカー』 (2019) - Joker

初回は「ジョーカー」を見に行った。2回目となる今回は「ホアキン・フェニックス」を見た。すると下町の小汚いアパートに母親と暮らす青年が見えてきた。彼はどの町にもいる。あなたの隣にも……

■ ジョーカー - Joker – ■
2019年/アメリカ/122分
監督:トッド・フィリップス
脚本:トッド・フィリップス他
原作:ボブ・ケイン他(キャラクター創作)
製作:トッド・フィリップス他
撮影:ローレンス・シャー
音楽:ヒドゥル・グドナドッティ
出演:
ホアキン・フェニックス(アーサー・フレック/ジョーカー)
ロバート・デ・ニーロ(マレー・フランクリン)
フランセス・コンロイ(ペニー・フレック)
ザジー・ビーツ(ソフィー)
ブレット・カレン(トーマス・ウェイン)
ビル・キャンプ(ギャリティ刑事)
シェー・ウィガム(バーク刑事)
グレン・フレシュラー(ランドル)
リー・ギル(ゲイリー)

■解説:「バットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生秘話を、ホアキン・フェニックス主演&トッド・フィリップス監督で映画化。道化師のメイクを施し、恐るべき狂気で人々を恐怖に陥れる悪のカリスマが、いかにして誕生したのか。原作のDCコミックスにはない映画オリジナルのストーリーで描く。第79回ベネチア国際映画祭で、DCコミックスの映画作品としては史上初めて最高賞の金獅子賞を受賞して大きな注目を集め、第92回アカデミー賞でも作品賞ほか11部門でノミネートされ、主演男優賞と作曲賞を受賞した。

■あらすじ:「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく -

(映画.com)

初っ端映される、泣いているのか笑っているのか、何を一人で苦しんでいるのか?苦しい笑いを続ける痩せたホアキン・フェニックスの顔のアップに、どうしていいのか非常に戸惑ってしまう。
母親に「いつも笑顔で周りの人を楽しませて」と育てられ、ピエロの大道芸人として生きているホアキン。街頭での仕事中に悪ガキに襲われ、痩せた背中に青あざがいくつも見える。
背骨が浮き出る後ろ姿、彼独特の前に巻いた肩がそれをさらに誇張する。あばらの浮いた腹には何も食べ物が詰まっていない。
「狂っているのは僕?それとも世間?」
「この人生以上に硬貨な死を望む」
コメディアンを目指すアーサー。だが彼は脳や神経の損傷のせいで緊張すると大笑いが止まらなくなる障害を持っていた。まるでチック症のように大事な場面でそれは出る。文字の書き間違いも多く、貧しい彼にとっては想像以上に大変な毎日だったろう。だが彼は夢をあきらめたくない。

また母親思いの彼は疲れた顔などひとつも見せずに、仕事から帰ると病気がちの母親に夕食を食べさせ、一緒にテレビを見る。「ウェイン氏にまた手紙を書いたわ。昔、屋敷で働いていた私を覚えているはず。私たち親子のためにきっと手を貸してくれるはず」。夢のような戯言の中で生きている母親。生活を支えているのはアーサー一人。

この頃にはホアキンではなく”アーサー”の毎日が浮き彫りになってくる。苦しいながらも母親の教え「いつも笑顔で周りの人を楽しませて」をモットーに努力する彼だったが、もともと気味が悪いと言われていた評判に合わせ、仕事先の小児病棟で持っていた銃を落としてしまった。クビになり路地のゴミ袋を蹴って怒りをぶちまけるしかないアーサー。
怒りと不満が頂点になったその帰り、富の象徴のようなふざけた証券マンに電車でからまれ追い詰められたアーサーが、かなわない腕力の代わりにぶっ放したもの。その大きな音の威力に、今まで自分をぼこぼこに蹴っていたやつらが倒れ、逃げまどい、一気に形成を逆転させたもの。自分の手にあるそれは「」だった。自分に新しく与えられた「」。

この時、彼はアーサーから”ジョーカー“になった。倒れた証券マンに何発も弾を打ち込む彼には、もう以前のアーサーのような思慮深さや優しさは欠片も無い。自分がそうされてきたように、相手が起き上がれなくなるまで叩きのめす。いつも笑顔で周りの人を楽しませようとしていた彼のその表情は、叩きのめしたことに満足する自分のためだけの笑みに変わった。周りの人間はみな倒れている。立っているのは自分だけ。
いつもピエロを演じてきた今の彼には、ピエロの化粧そのままに笑いも涙もない”素のアーサー”=ジョーカーがそこにいる。自信に満ちた足取りで、自分を表現して自然と身体が動き出す。もう演じる必要はなくなった。ジョーカーこそが自分なのだから。


アーサーがジョーカーになるまでに起こったことは証券マンや職場の上司、悪ガキ、苦しい生活だけではない。彼はそれらのことには、いらいらしながらも上手くかわしてきていた。彼のたった一人の肉親である母親が実の母ではなかったと知った時も、ショックは受けたものの母は母だと考えようとした。だが、母の精神的な疾患を詳しく知り、幼い時の自分と母の関係や生活が目の前にあぶりだされた時、母の「いつも笑顔で周りの人を楽しませて」の本当の意味を知った時…。何を見ようが何を言われようが、突き飛ばされようが殴られようが、「いつも笑ってじっとしてろ。母親である自分を困らせるな!」というのが本当の意味だと知った時。自分の脳の損傷は、幼い時に受けた虐待が原因だと知った時、彼は母を許せなくなる。

そして父親の存在 -。
一時はトーマス・ウェインが父だと勘違いし会いに行くもひどい扱いを受ける。当たり前の対応ではあるのだが、アーサーには憎しみが残る。そしてもう一人、父親のように勝手に慕っていた人気トーク番組の司会者マレー。彼は唯一自分を認めてくれ、公平に接してくれる男だと思っていた。だが、ジョーカーは利用されているだけだと知っている。そのマレーに最初の殺人を告白し、当たり前のようにテレビ向け、ワイドショー向けの言葉をあびせられマレーもその場で敵となる。敵は排除する。アーサーがされてきたように、満足した含み笑いと共に倒れた敵を上から見下ろし、その場に捨て置くのだ。

市民たちの富への爆発もジョーカーを後押しした。市民たちは皆、ジョーカーを祭り上げる。認める者ができてジョーカーはここで決定的にジョーカーとなった。もうピエロではない。周りの者が皆、自分を真似るのだ。その滑稽なことに笑いが止まらない。


さて、ここまで観て、とても上手く今後のジョーカーに繋がっていると感心している。今後のジョーカーとは紛れもなく彼だ。

そして本作最後に少し映っていた少年ブルース・ウェイン。両親を目の前で銃によって失い立ち尽くす彼。
もうね、、、何も言いません、何も書きません。。アーサーからブルース、ヒースジョーカーまで続くこの悲しみをあなたもしっかり受け止めてください。

ではまた

 

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