ブロムカンプ監督は「この作品『第9地区』は決して政治的な映画ではない」とコメントしている。だとしても監督の一貫した作品のテーマはとても分かりやすく、観た者がそれをどう捉えるのかは自由だ。そしてそれぞれがその後の人生にどう活かしていくのかも ─
■ 第9地区 – District 9 – ■
2009年/アメリカ・南アフリカ・ニュージーランド/111分
監督:ニール・ブロムカンプ
脚本:ニール・ブロムカンプ他
製作:ピーター・ジャクソン他
撮影:トレント・オパロッチ
音楽:クリントン・ショーター
出演:
シャールト・コプリー(ヴィカス)
デヴィッド・ジェームズ(クーバス大佐)
ジェイソン・コープ(クリストファー・ジョンソン/エイリアン)
ヴァネッサ・ハイウッド(タニア)
ジョン・ヴァン・スクール(ニコラス)
マンドラ・ガドゥカ(フンディスワ)
ユージーン・クンバニワ(オビサンジョ/ギャング団ボス)
■解説:
南アフリカ出身の新鋭ニール・ブロムカンプ監督が、05年製作の自作短編「Alive in Joburg」を長編として作り直したSFアクションドラマ。製作は「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン。映画.com
Contents
■あらすじ
1982年。南アフリカ共和国上空に突如、巨大な宇宙船が現れた。何かの物体を地上に放出しながらも全く移動する気配の無い宇宙船に、人間側は軍を送り探索することに。人類史上初めての宇宙人接近遭遇に全世界が固唾をのんで見守る中、宇宙船の中に栄養失調に陥り健康を害した多くのエイリアンを発見する。
後に“エビ(海底のゴミ漁りが由来)”と蔑んで呼ばれるようになる彼らエイリアンたちは、第9地区と呼ばれるフェンスの中に武力監視のもと押し込まれる。それから20年。あばら家に住む彼らを監視する任を負った民間企業MNUは、180万体までも膨れ上がったエイリアンたちの第10地区への強制移住を開始。法の下、立ち退き通告書にサインを求めエイリアンたちのあばら家を訪ね歩く。その責任者が今回の主人公ヴィカスだ。
第9地区の中は無法地帯と言っていいほどに荒れ果てている。なんでも盗むエイリアンたちの集団、彼らを食い物にしながら勝手に違法な商売を始めて荒稼ぎする人間のギャング集団。ギャング集団のシマはナイジェリア地区と呼ばれた(ナイジェリア:2億人の人口を持ちアフリカ屈指の経済大国でありながら、治安は決していいとは言えず暴力犯罪は多い)。
そんな中に危険を承知で傭兵軍と一緒に入って行ったヴィカスは、まるで公僕のような手さばきで上手く立ち退き通告書のサインを手に入れつつ、隠し持っていた武器を押収し犯罪者エイリアンを逮捕していく。そしてFY530と番地が付けられているある家に入り、隠されていたあやしい筒をねじ開けて黒い液体を浴びることになる。そこからヴィカスは体調がどんどん悪くなり、エイリアンに襲われ怪我をした左腕に異変が起きた。腕の先が彼らエイリアンと同じ状態に変異していたのだ ─
■感想
突如、上空に現れた巨大宇宙船のニュースが流れる中、専門家のあれこれ話す様子が映し出されドキュメンタリー調に始まる本作。本当にこんなことが起きた場合、普通の人々は今後の行く末を考える余裕も想像力もなく、テレビや今ならネットの動画を見ながら、ただ黙って固唾をのんで誰かが何かをやってくれるのを待つしかないんだろうなー、と思う。
そして次に起こるのが未知のモノに対する排除意識だ。それがウイルスだろうが他の星の生物だろうが関係ない。よっぽど人類のためにならない限り、やはり拒絶し排除したくなる。インタビューを受けていた若者が「さっさと宇宙船を動かして出てってくれ」と言っていたのが印象に残る。若者でもそう思うんだなって
“エビ”と呼ばれるエイリアンたちの見てくれにもよるのだろうか。だが貧しいフェンスの中に閉じ込められ食べることにも困るとなれば、ゴミも漁るだろうし盗みも犯す。人間側は一応差別にならないように法の下いろいろ行おうとするが、彼らエイリアンたちも一致団結して人類と話し合おうとするべきだった。もっと自分たちのためになることを。けれどそうしたことを考えられる支配層は巨大宇宙船の中で亡くなってしまっていた。それが彼らの不幸の始まりだった。
第9地区は全く持って実際の移民キャンプそのものだ。実際に
物語はアパルトヘイト時代に起きたケープタウン第6地区からの強制移住政策を題材にしている。またDVD収録のコメンタリーでは、紛争の多い周辺国から避難してきた難民と南アフリカネイティブとの確執も葛藤した上で参考にしたともブロムカンプ自らが語っている。
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けれど良くも悪くも、どんな集団の中にも周りと違った特殊な個体、もしくは変異した個体が出てくるものだ。それがその集団のためになるかならないかは分からない。だが本作ではエイリアンと人間のハイブリットとなってしまったヴィカスが、どちらにも属さない個体として最初は自分が助かるために、次にエイリアンと自分のために、最後にはエイリアンのためだけに行動する。
これは自分の生存本能よりも他者を守る意識が上に立つ本能を超えた先にあるもので、“心”のある人間だけに与えられた良識や後悔といった感情なのかもしれない。けれどラスト近く、自分たちの仲間を助けたヴィカスを傭兵から救ったエイリアンたちを見るに、彼らにもこの“良識”は備わっている。人類だけのものではなかった。だからこそ、宇宙船で飛び立つときに約束したクリストファーの言葉には重みがあるのだ。きっと戻って来るのだろうと信じられる。
ここで終わった本作『第9地区』。どうして宇宙船は地球に来たのか、ラストの後、ヴィカスはどうなるのかが分からないままなところが、いかにもブロムカンプ監督らしいなー。そうだよねー。だから10年以上経つけど続編が作られてないんだよねー。続編来たら、だいなしだよねー
って思いながら「第9地区 続編」で検索したら、ありました…(-.-)
その名も『第10地区』。あれー・・・と思いながらも、きっと心待ちにするのだろうな。
ということでオープニングもラストもない、物語の真ん中を切り取った ブロムカンプ監督の潔い短編集はこちら
Oats Studios volume1(2017) ~SF短編集
『第9地区』の監督ニール・ブロムカンプが所属するオーツスタジオ制作の10話からなる短編集シーズン1。世紀末のような世界で生きようともがき戦う者たち、物質社会の滑…
1話は長くても20分。短いものは4分だけど、どれも見応えがあって侮れない。この短編集はYouTubeでどれも無料で視聴可能。Netflixでも配信中
監督 ニール・ブロムカンプ
南アフリカ共和国出身の映画監督、脚本家。
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ヨハネスブルクで生まれる。18歳のときに家族と共にバンクーバーへ移住。SF映画『第9地区』を監督し、興行的に成功を収め、アカデミー作品賞にノミネート。自身もアカデミー脚色賞にノミネートされた。日本のアニメや漫画が大好きで士郎正宗、押井守、荒牧伸志、伊藤暢達が影響を受けた人物であることを公言している。
自らのスタジオとなるOats Studiosを立ち上げ、2017年よりYouTube上で作品の公開を行っている。
主な作品
映画
- スコーピオン(2001)(リード3Dアニメーター)
- 第9地区(2009)
- エリジウム(2013)
- チャッピー(2015)
- Demonic(2021)
ショートフィルム
- Tetra Vaal (2004)
- Alive in Joburg (2005)
- Yellow (2006)
- Tempbot (2006)
- Rakka (2017)
- Firebase (2017)
- Zygote (2017)
- Praetoria (2017)
- Gdansk (2017)
- Cooking With Bill (2017)
- God (2017-2018)
- Adam: Episode 2 (2017)
- Adam: Episode 3 (2017)