SF役者ファンタジー〜『ホーリー・モーターズ』(2012)

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解説やあらすじを読んだとしても、さっぱり何の映画なのか分からない、想像も付かない『ホーリー・モーターズ』。で、観てみました。とても美しい映像、素敵な音楽、達者な役者ドニ・ラヴァン。けれどもそれらを追っていくだけでは頭の中は???で一杯になり、観る前よりも混乱することに。でも以外とイヤじゃ無い。・・・これはもしかしたらSF作品なのかな、とも思ってる。

■ – ホーリー・モーターズ - Holy Motors – ■

2012年/フランス・ドイツ/115分
監督・脚本:レオス・カラックス
製作:マルティーヌ・マリニャック 他
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ 他

出演:
ドニ・ラヴァン(オスカー)
エディット・スコブ(セリーヌ)
エヴァ・メンデス(ケイ・M)
カイリー・ミノーグ(ジーン/エヴァ)
ミシェル・ピコリ(あざを持つ男)
レオス・カラックス(スリーパー)
エリーズ・ロモー(レア/エリーズ)
ナースチャ・ゴベルワ・カラックス(少女)

解説:
「汚れた血」「ポンヌフの恋人」の鬼才レオス・カラックス監督が「ポーラX」以来13年ぶりに手がけた長編作品。白いリムジンに乗り、次々と別の人物に変身しながらパリの街をさまよう主人公の摩訶不思議な1日を、ユニークな語り口でミステリアスかつシュールに描き出していく。主演はカラックスの分身とも評されるドニ・ラヴァン。共演にエディット・スコブ、エヴァ・メンデス、カイリー・ミノーグ、ミシェル・ピッコリ。

(allcinema)


Contents

あらすじ

大富豪の銀行家が迎えのリムジン内で一通りビジネスの連絡をした後、今日のアポは?と女性運転手に質問。座席に置かれていた本日のスケジュールに目を通すや、おもむろに着替え始める銀行家。そしてパリの街角に降り立った彼は物乞いをする腰の曲がった老婆になっていた。

これだけなら、大金持ちが庶民の生活を知る?人々の行動原理を知る?人間観察?などの何かの意図を持って研究でもやってるのかな?とも思える。でも確かあらすじでは次々と変身して、とあったなと。

この男オスカーの1日は忙しい。アポがたっぷり詰め込まれている。
モーションキャプチャーのための器具を付けての撮影、謎の怪人、10代の悩める娘を持つ平凡な父親、アコーディオン弾き、犯罪者アレックス…。彼はその都度、完璧に変装してはその役になり切るが、演じている時間はそれぞれそう長くはない。だが、その中にはドラマチックなストーリーがきちんと含められ、オチまで付くのだ。そのオチには殺人など物騒なものも含まれる。

ここまで来たら冒頭の銀行家さえ、オスカーのアポの1つで演じているのだと分かってくる。けれども、どのアポにも相手がいる。オスカーをその演じ手=本人だと思ってやり取りする相手の人間が。何か短編のような作品を撮っているのではない。オスカーは1人で何十人もの人間として生きているのだろうか?

・・・・・な、わけない。

【ここからは例によってネタバレが】

・・といってもホントのネタは不明です・・

感想と考察

オープニング

この映画はオープニングからして変わってる。

空港近くのアパートだかホテルだかの1室で男(カラックス監督)が犬の頭を撫でてベッドから起き上がる。壁に近寄り耳をそばだてた男は壁の向こうに興味津々。そして指にくっつけた鍵のようなもので壁のある箇所をドアのように開け、壁の向こうに続く廊下をひたひたと進んでいく。そこは劇場に繋がっており、多くの観客がうつろに舞台の方を眺めている。観客の顔は幽霊のように定かではなく、全員が一方向を向いているのみ。微かに音楽が流れ、男の後ろから光が投影されている事から何かの映画が上映されているようであるが、これも定かではない。
そして先ほどの犬が観客席の間を、悠々と、又は堂々と歩いて行く ―

劇場

この何とも不気味な観客。何かの作品を鑑賞しているというのに、何の感情も表わさず頭一つ動かさない。まるで死人のようだ。
この後、冒頭のオスカー銀行家の話に繋がっていくのだが、この観客が観ているものにとても興味がわく。何の作品を観ているのか。もしかしたらオスカー主演の作品なのか?ようするにこの後続く本編を?観客達は何故無表情なのか?彼らはもしかして“私たち”なのだろうか。

オスカー

オスカーは毎日、たくさんのアポをこなす役者なのである。そしてそのアポはオスカーが所属する何者かから発注される。また驚いたことにこのようなリムジンに乗り移動する役者は彼だけではなかった。この日、オスカーが演じた資産家ヴォーガン老人と一緒にいた姪役の女性も同じ役者であった。役者同士が決められた場所で出会い、決められた演技をすることに何の意味があるのか。いったい誰が“観ている”というのか。
観ているのは“私たち”だけだ。

HOLY MOTORS

ラスト近く、オスカー演じる家庭人は家族の元に帰っていく。なぜか本日の家族、妻と子供はチンパンジーだ。明日もアポはたくさんありますよ、と去って行く女性運転手セリーヌ。セリーヌはリムジンを運転して車庫に帰っていく。すると多くのリムジンがその会社「HOLY MOTORS」に入っていくではないか。社名のネオンは明るく照らし出され、「MOTORS」の「O」のライトが消えかけているところを見るに、出来たばかりの新しい事業ではないことが分かる。同時に秘密の工作や陰謀なんてもので無いことも。

まとめ

人は常に自分の役割を演じている。なおかつ、心のどこかで人生をやり直したいと切望している。その結果、やり直すことが出来たとしても同じ事。新しい役割を演じていくことになるだけなのだ。この世で起きているあらゆる事は、演じている人間によって作られたもの。その集合体だ。演じ方が分からない者、演じる術を持たない者は、ただだまって座席に座り、目の前で起きている事を眺めているしか無い。冒頭の観客のように。
そうならないためには、疲れてモチベーションが下がってきたとしても、明日もアポをこなすしかないのだ。運転手セリーヌさえも車を降りたら仮面を被った。
それが人の宿命なのだろうか。

以上は全て“人間”に関するお話だったが、カラックス監督はこれを人間だけに限定しなかった。命を持たないリムジンにもその宿命を押しつけたのだ。やっぱりこの作品はSFファンタジーなのかな。

監督 レオス・カラックス



フランスの映画監督・脚本家である。パリ近郊のシュレンヌ出身。
16歳で学校を中退、18歳から『カイエ・デュ・シネマ』誌上で批評家として活動。20歳で監督した短編『Strangulation blues』がエール映画祭グランプリを受賞。
23歳になる1983年に『ボーイ・ミーツ・ガール』で長編デビューし、フランス映画界において、リュック・ベッソン、ジャン=ジャック・ベネックスと共に「恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)」と呼ばれ脚光を浴び、特にカラックスは『カイエ』誌での批評経験の経緯と、その難解さ、引用の複雑さ、そして何より斬新さから「ジャン=リュック・ゴダールの再来」と評される。(Wiki:レオス・カラックス)

■主な作品
・ボーイ・ミーツ・ガール(1983)
・汚れた血(1986)
・ポンヌフの恋人(1991)
・ポーラX(1999)
・TOKYO!「メルド」(2008)
・ホーリー・モーターズ(2012)

最新作『アネット』(2021)

あらすじ:コメディアンのヘンリーはキャリアの低迷に悩まされていた。そんなある日、ヘンリーはオペラ界のスター歌手、アンと恋に落ちそのまま結婚した。ヘンリーのキャリアは結婚後も落ち目になる一方で、自分以上の成功を収めるアンに嫉妬心を募らせていった。やがて、2人の間に娘(アネット)が生まれた。アネットには母親譲りの歌の才能があり、ヘンリーはその才能を磨くことに存在意義を見出すようになった。しかし、娘を通したヘンリーの自己実現は徐々に狂気をはらみ始める。

Wikipedia

2021年7月に開催されたカンヌ映画祭でオープニング上映された『アネット』は、マリオン・コティヤールと最近、出演作が目白押しで要注目のアダム・ドライバーが主演を務める。予告編を見る限り、ミュージカル仕立ての家族物語でありながら、カラックス監督らしい何か不穏な空気が流れる作品のようだ。公開はいつになるのかな。とても楽しみ。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 書くのを忘れてましたー。
    緑服の怪人登場で使われていましたよね。
    私も同じくえ?えっ?ええぇ~?ってなりました。何故か燃えましたよね^^;(最新作は観てないんですが)
     
    仰る通り、極めて難解で見終った後途方に暮れましたが、役者さんが素晴らしく、どのショートストーリーも楽しめて、ほとんどオムニバス作品のようでした。
    こういうの、いいですよねー。

  • おそろしく芸術的な悪ふざけとでも申しましょうか、
    はっきり言って物語としてはさっぱり理解できなかったんですけど、
    とにかく理屈抜きにおもしろかったですね!
     
    『ゴジラ』のテーマがかかってきたときには、
    リブート版『ゴジラ』よりはるかに燃えました!

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