色々な作品で大活躍のベネディクト・カンバーバッチ主演、意地悪な荒くれカウボーイのお話くらいにしか知らなくて観始めた。が、そこに広がっていたのは繊細な感受性と、それに相応しくない応酬。自分に正直になるというのがいかに難しいか、自分の真実を隠すことがいかに上手いか、のせめぎあいだった。
■ パワー・オブ・ザ・ドッグ – The Power of the Dog – ■
2021年/英豪米加新/128分
監督:ジェーン・カンピオン
脚本:ジェーン・カンピオン
原作:トーマス・サヴェージ
製作:エミール・シャーマン他
撮影:アリ・ウェグナー
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:
ベネディクト・カンバーバッチ(フィル・バーバンク)
キルスティン・ダンスト(ローズ・ゴードン)
ジェシー・プレモンス(ジョージ・バーバンク)
コディ・スミット=マクフィー(ピーター・ゴードン)
トーマシン・マッケンジー(ローラ)
ジェネヴィエーヴ・レモン(ミセス・ルイス)
キース・キャラダイン(エドワード)
フランセス・コンロイ
ピーター・キャロル
■解説:
『ピアノ・レッスン』で女性監督として初のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したジェーン・カンピオン監督が、ベネディクト・カンバーバッチを主演に迎え、1920年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、無慈悲な牧場主と彼を取り巻く人々との緊迫した関係を描いた人間ドラマ。2021年・第78回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。映画.com
あらすじ
1925年、モンタナ。
10人ものカウボーイを束ねる牧場を経営しているフィルとジョージの兄弟。威圧的だがカウボーイの仕事に信念と誇りを持ち、リーダーシップのある兄フィル。そんな兄に付き添いながらも、時代に沿った経営に変えていきたいと考えている弟ジョージ。だが彼らは仲の良い兄弟だった。
そんなある日、フィルに何の相談もなく結婚を決め、妻ローズと連れ子ピーターを自宅に招き入れたジョージ。フィルは気に入らず、彼らに打ち解けることもせず、ぞんざいに扱うことが続く。そのうち、夫とのこともあり精神的に参り始めたローズはお酒が手放せなくなり、夏休みに大学から戻ったピーターは母の世話を始めるが ─
感想
絵に描いたようなカウボーイ、紳士的な弟、宿屋を営み女手一つで息子を育てていた妻、一見モンタナという地にそぐわない容姿を持つ学生。主な登場人物は彼ら4人で、本作は彼らの物語となる。
こう紹介しただけでも彼ら4人のタイプが全く違っていて、とても上手く一つ屋根の下で暮らせないように思われる。けれども彼らは努力している。それぞれ孤独には耐えられないことが分かっているからだ。結婚式を挙げたその日にジョージが新妻に向かって「一人じゃないって、いいものだな…」とぽつんと言った言葉が胸に染みる。
ジョージ
ジョージは兄とうまくやってはいたが、カウボーイ然とした彼を心の底では受け入れられない部分もある。言うべきことはきちんと話すものの、胸の底の最後の言葉は隠しながら紳士的に毎日を送っていたのだろう。
ローズ
夫が自殺してしまい、宿屋と飯屋を営みながら息子を育てていたローズ。彼女の店の客は荒くれ男たちや、その相手をする女たちだ。そんな粗暴な客の相手を平気でできるほど、ローズは強くない。華奢な息子も男たちにいじられ、生活と息子のためにやっているものの心はぽきぽきに折れていく日々が続く。
そんな時に優しい言葉とともに結婚を申し込まれたローズ。もちろん彼を愛していけると、愛していこうと思ったが、彼ジョージの家には絵に描いたような荒くれカウボーイたちが鎮座し、想像していた結婚生活とどんどんかけ離れていく。夫は優しいが、ふわふわしている自分には思いやりがまだ足りない。もっともっと自分を大切にしてくれなくては、やっていけない。
やるせない日々が続くようになり、彼女はまたお酒に手を出し止まらなくなった。
フィル
カウボーイ以外の何者でもないフィル。粗暴で威圧的、風呂も入らず身体は匂う。けれどもその仕事ぶりに皆は従い、リーダーシップは抜群だ。それに粗暴だからといって、他人の意見をきかず自分以外の何も見ていないとは限らない。
彼はよく「見ている」。周囲をよく観察し、あの景色が自分に訴えかけてくるもの、人が何を考えているか、牛たちの様子、どういう風にバランスをとればいいのか等を常に考えている。それらが彼の毎日であり生活だった。そこへ急に現れた未亡人と息子。きちんと相手も出来ただろうに、どうして冷たい対応をしてしまったのか。それは弟との暮らしの邪魔をされたから。このままずっと行くはずだった毎日が変わってしまったから。フィルの我儘な態度に過ぎない。彼は繊細なのだ。
そうやって観察していたフィルが、ローズのアルコール依存症を見つけるのは夫のジョージよりも早かった。というよりジョージは妻の疲れに気が付いていなかった。自分の孤独が癒されたばかりに、相手も同じだと思い込んでしまったジョージは、見たいものしか見えなくなってしまっていた。そして自分の考え通りに事を進めていこうとするところは兄と似ているのかもしれない。
ピーター
ローズのそんな状態を知っていた者がもう一人。息子のピーターだ。
「知らなかった」と言っても早く医者に連れて行った方がいいと言うフィルの目はごまかせない。「前からだろう?亡くなった父親も飲んでいたんだろう?」
酒に溺れ、妻を殴り、勝手に死んでいった父。ピーターはそんな父の墓の前で誓う。
「母親は自分が守る」
このつぶやきは、本作オープニングに聞かされる。ここに全ての決意と進行と結末があった。
ピーターの使命は全て母親を守ることのみ。彼の容姿さえ、その事のために神が与えたものかと思えるほどだ。そのために医学を学び、ウサギを解剖し、人を観察する。どんな屈辱も蔑みも、それらを含めて人を観察する。
だが受けた屈辱は決して忘れない。忘れないのだ ─
さいごに
素晴らしい景色が広がる悠然たるモンタナ(撮影場所は違うらしいが)。
最初に本作は4人の物語だと伝えたが、実はピーターの物語だと思っている。一番弱くはかなげに見えるピーターが、いかにして母親と自分を守ったかの物語。彼の行動は、自分が考える未来について邪魔になる者を排除したに過ぎない。同じようなことが起きた場合、彼はこれからも排除するだろう。母親を守るという正義にのっとって。
こう書きながら管理人は考えている。いつか母親さえも彼の排除対象になるんではないかと
タイトルの『The Power of the Dog』の意味とは、“邪悪な力”そのものなのだ。これは他の3人の登場人物には決してそぐわない。
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