嵐の夜の狂想曲。
奇才ケン・ラッセルが描く、『フランケンシュタイン』『吸血鬼』を生み出した怪奇な一夜『ゴシック

■ゴシック - Gothic -■ 1986年/イギリス/97分
監督:ケン・ラッセル
脚本:ステファン・フォルク
製作:アル・クラーク、ロバート・デブロー
音楽:トーマス・ドルビー
出演:
ガブリエル・バーン(ジョージ・ゴードン・バイロン)
ジュリアン・サンズ(パーシー・ビッシュ・シェリー)
ナターシャ・リチャードソン(メアリー・シェリー)
ミリアム・シル(クレア・クレモント)
ティモシー・スポール(ドクター・ポリドリ)
デクスター・フレッチャー(ラシュトン)
ケン・ラッセル(旅行者/カメオ出演)

解説:
1816年のある日、ディオダディ荘で『フランケンシュタイン』『吸血鬼』を生み出したという怪奇談義を舞台に繰り広げられる近代ホラー。監督は鬼才ケン・ラッセル。

あらすじ:
ある嵐の夜、スイス郊外の壮大な屋敷に3人の来客が到着した。
駆け落ちしたイギリスの詩人シェリーとメアリー。それに随行するメアリーの異母妹クレア。屋敷を借りて滞在していたのは、スキャンダルまみれのイギリスの詩人バイロンと彼の主治医ポリドリ。
終わらない嵐に屋敷に閉じ込められた一行は、最初のうちはドイツの怪奇譚集『ファンタスマゴリア』の朗読などで時間を潰していたが、やがて飽きたバイロンが皆に提案する。「皆でひとつずつ怪奇譚を書こう」
こうしてディオダティ荘の怪奇談義の夜は幕を開けた-


ずいぶん前に2度ほど観て、自分的好きな映画に設定していた本作。
最近、記事にした『人喰い人魚伝説』で思い出し、是非もう一度観たいと手に入れた。


当時はやたらとホラーを観ていた時期だったので、頭が柔らかかったのかな、、と思わず自分を疑うほどの素晴らしきナンジャコリャ作品。こんなに記憶違いをしていたのも珍しい。
しかし、これには理由があって、内容はともかく今回観たDVDの画質の悪さがかなり影響しているのではないか?と思われる。とにかく3倍で録画したビデオテープをそのまま自宅のディー○でDVDに焼いたような、「鮮明」って食べられるんですか?くらいのひどさ。
確かに最近の薄型テレビでDVDを観ると、特に字幕が少しぼけて悲しくなるが、そんな事とは比べる次元が違うほどの荒さ。AMAZONレビューにも書かれていたので覚悟はしていたが、まさかここまでとは…。
これを商品として売るのはいかがなものかと。ケン・ラッセルの墓前で謝らなくてはいけないレベルだ。特に、本作のような奇妙な世界を「映像美」で観せるタイプの作品には致命的だな..。非常に残念でした。

ということで、自分の記憶違いを商品のせいにするのはこれくらいにして、、と

Contents

ディオダティ荘の怪奇談義

本作は、ディオダティ荘の怪奇談義の一夜をメアリー目線想像と演出をふんだんに盛り込み映像化した作品。


ディオダティ荘の怪奇談義とは、あらすじにある通り、いずれ劣らぬ不敬の5人が集まり、皆で怪談を創作した1816年のある夜のことだ。
前年のインドネシアタンボラ火山大噴火の影響で北半球は寒冷化し、1816年は「夏のない年」と呼ばれ長雨が続いていた。ディオダティ荘のあるスイス、レマン湖畔でも雨が降り続いており、この5人はすっかり退屈していたのだ。
大きく不気味な屋敷、外は嵐で雷がとどろいている。そして集まっているのは、一癖も二癖もある詩人達。アヘンチンキ(日本では麻薬扱い)を入れた酒を飲み、それでなくともまともに見えない人々がさらに浮かれた状態になっている。そこに飛び出してきたのは、ただの怪談だけでは無かった-。

実際のディオダティ荘(2008年)



では、自身に巣くう悪魔を解き放った5人を紹介しよう。全員が実在の人物だ。

バイロン卿

第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(1788年~1824年)。
イギリスの詩人。自身のスキャンダルから逃げて滞在していたのが、このディオダティ荘。
ロンドンに生まれ、10歳にして第6代バイロン男爵となる。1805年にケンブリッジ大学に入学したが、学業を顧みず放埒な日々を過ごし1808年にケンブリッジを去る。多くの作品を残したが、数多くの女性との恋愛を重ね浮き名も流した。異母姉のオーガスタ・リーと関係を結び、彼女はエリザベス・メドラ・リーを産んでいる。本作に登場するクレアとの間にも娘がいたが、5歳の時にチフスかマラリアで亡くなった。

退廃の海に身を沈め、自らを神と豪語するも、心底愛したのは異母姉のオーガスタだけと本作では紹介されている。さらに愛し合うのに男女は関係ないというスタイルで、主治医ポリドリは同時に愛人であったようにも描かれている。
スイスからヴェネツィア、ラヴェンナ、ピサ、ジェノヴァで退廃した生活を続けた後、1823年ギリシャ独立戦争へ身を投じることを決意。1824年1月にメソロンギに上陸し、コリンティアコス湾の要衝、レパントの要塞を攻撃する計画をたてたが、熱病にかかって同地で亡くなる。36才だった。
意外なことに本作では、5人の登場人物の中で一番まともに見えるから面白い。

ドクター・ポリドリ

バイロン卿のスキャンダルの一つ、同性愛疑惑。その相手はこのジョン・ポリドリとされていたようである。本作でもそのように描かれているが、敬虔なキリスト教信者であるポリドリは作中、ずっと苦しんでいる。
自身の欲望を憎んで苦しんでいるのかと思いきや、どうやらバイロン卿とクレアに嫉妬しているらしい。嫉妬するあまり、十字架を架けている釘に自分の手を何度も打ち付け、バイロン卿の皿にヒルを仕込む。怯えるバイロン卿を高らかにあざけ笑うポリドリ。動物の生き血を吸うヒル-

この夜をきっかけに生まれた最初の吸血鬼小説ジョン・ポリドリの「吸血鬼 -The Vampyre(1819)」。それまでの吸血鬼は、死に損ないのゾンビのように描写され伝承となっていたが、このポリドリは貴族の美青年として描く。

顔色あくまですぐれず、はにかみの心や感情の昂り等から面に血の気がさしたことがあるとも見えなかったが、顔立ちはととのって美しい
「吸血鬼」ジョン・ポリドリ作 今本渉訳

元々、肌が青白いバイロン卿がモデルであることは間違いないだろう。
愛する人を死ぬことがない者へと変身させ、夜な夜な女を襲わせる。愛と憎しみ、生と死、幸福と絶望が一つに宿る生き物の物語としたところに、ポリドリの執念とも言える情愛を感じることができる。
演じたのは『ラスト・サムライ(2003)』『ハリー・ポッターシリーズ』のティモシー・スポール。 役者魂に敬意を

本物はこちら

クレア・クレモント

おそらく、この人が一番アヘンチンキが効いていたのだろうと思う。
いや、違う。今思えば屋敷に着いたその時からずっと躁状態であった。愛するバイロンと再会できたからなのか、愛するバイロンの子を身ごもっているからなのか。狂気の一夜の立役者ともいえる。

ずっと屋敷の中を駆け回り、皆で幽霊を呼び出すゲームをした時に、幽霊に取り憑かれもする。しかし、元々おかしな言動が多いから、その後の騒動が幽霊のせいかどうかは分からないが。
妻のいるバイロン卿の愛人である彼女も、スイスに逃亡せざるを得なくなったバイロン卿のスキャンダルの一つである。ここディオダティ荘に愛人が2人顔を合わせたことになる。もっともクレアは気にしていないようだったが。
苦しみ悩むことを知らない彼女はこの夜、何も産み出す事は出来なかった。

パーシー・ビッシュ・シェリー

妻子がありながらメアリーと駆け落ち、クレアも連れてスイスへと向かう。
この男は富裕な貴族の長男として生まれたイギリスのロマン派詩人。本作では、実のところ主義主張の無い、金持ちのお坊ちゃんのように描かれている。アヘンチンキのせいなのか、人の「目」(目玉)を異様に怖がり、「目のある乳房が襲ってくる!」とバイロン卿に泣きつく。

クレアのことを必要以上に心配し、バイロン卿にべったりなパーシーに、メアリーはいらだちを隠せない。自分が一番大切なパーシーもこの夜、創作することは出来なかった。

メアリー・シェリー

ディオダティ荘に滞在していた1816年5月はまだパーシーと結婚していないので、厳密にはメアリー・ゴドウィンだ。
1979年8月ロンドンで生まれた。母親はその10日後、産褥熱で死去している。
1813年頃、パーシー・シェリーと出会い恋愛に発展するが、妻子のいるシェリーとの付き合いに父親が激怒し、2人はメアリーの父親の再婚相手の連れ子クレアと一緒に大陸へと駆け落ちする。それが1814年。

パーシーとの間の最初の子は誕生10日後に死亡。ディオダティ荘に滞在していた時には2人目の子となるウィリアム(生後3ヶ月)が一緒だった。
しかしメアリーは、亡くなった最初の子のことが忘れられず、生き返らせたいとさえ思っている、とポリドリに相談している。自分の事で精一杯のパーシーに甘えることも出来ず、メアリーは精神的に追い詰められていた。


狂気の一夜と、その後

実際、本作の大半である悪夢のような狂気の一夜の出来事は、このメアリーの妄想なのではないかと思えるほどだ。
自分に冷たく立ちはだかるバイロン卿
バイロン卿とクレアに嫉妬し身もだえするドクター・ポリドリ
子供のようにはしゃいでいたかと思うと泣きじゃくっているパーシー
ついには泥まみれで悪魔の僕となったようなクレア
そして自身は過去から未来における、様々な悪夢を走馬燈のように見せられる。
それは出産シーン、死産の子、ポリドリの自殺、バイロンとクレアの娘の死、パーシーの水死、バイロンの死の床となり、メアリーに襲いかかった。まさに生と性と死の競演だ。

「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」

そして生まれたのが小説「フランケンシュタイン」(Frankenstein)。正式な小説タイトルは「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」(Frankenstein: or The Modern Prometheus)である。
プロメテウスとは、ギリシア神話に登場する神で、その名は「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。一説によると、人間を創造したのはプロメテウスだったとも言われている。

ディオダティ荘の夜から1年をかけて書き上げられ、出版は1818年3月。
内容はご存じの通りだが、結末はフランケンシュタイン博士の死と、それを嘆く怪物の自殺だ。
メアリーはこの結末を書き上げ、自分の中の怪物を全て葬ることが出来たのだろうか?

「最後の人間」

しかしメアリーに悲劇は続く。出版した年、前年(1817年)に生まれた娘を亡くし、出版の翌年には息子ウィリアムを亡くし、1822年には夫パーシーがヨットの事故で水死。メアリーに残されたのは1819年に生まれた息子パーシー・フローレンスだけとなった。
この後、メアリーは知人をモデルにした人が登場する長編小説『最後の人間(The Last Man)』を出版。舞台は21世紀後半、自伝的小説とも言われており、モデルは自身、夫のパーシー・シェリー、バイロン卿とされている。

あらすじ:失われたシビュラの書の断片が偶然発見され、その中身が本編となっている。
21世紀末、主人公ライオネルは、エイドリアンやレイモンド卿と知り合い、交流を深めていた。その矢先、ギリシャ・トルコ戦争が起こり、レイモンド卿は、ギリシャ側の指揮官として戦い、ギリシャを勝利へと導いた。しかしその後、レイモンド卿は急死する。
その頃から謎の疫病が広がり始めた。この疫病は、人間を死に至らしめるものの、他の動植物には一切被害がない奇妙なものだった。 疫病によって人口は激減した。エイドリアンは、残った人類の指導者として活躍するが疫病の猛威は止まらず、ついに残ったのはライオネル、エイドリアン、レイモンド卿の娘の三人だけとなった。
三人は航海中に嵐に見舞われ、ライオネルひとりが漂着した。ライオネルは最後の人間(The Last Man)となり、これまでの記録を書いた。それが偶然発見されたシビュラの書だった。


こうして整理してみると、最初に思ったほど奇天烈な作品でもないかな、と思えてきた。
5人の登場人物のうち、人を愛し、悩み苦しんだ者だけが自身の中の怪物を小説の形で葬る事が出来たことが興味深い。後の3人を含むこれらの人々は、その後、幸せな人生を送ることが出来たのだろうか。

最後に監督ケン・ラッセルについて

 監督ケン・ラッセル
イギリス出身の映画監督。
過激な作風とエキセントリックな言動で知られ、そのセクシャルな演出で教会をはじめ多方面から批判を受ける。1974年の『マーラー』に代表される伝記映画を得意とする。
1969年の『恋する女たち』でアカデミー監督賞にノミネート。そのほか『デビルズ』(1971年)、『トミー』(1975年) などの作品で知られる。(Wiki)

ではまた。 返す返すも画質が残念

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コメント

コメント一覧 (4件)

  • こんにちは、しろくろShow様。いつもありがとうございます。
     
    ケン・ラッセル  やっぱり地雷ですか..?
    観る人、同じ人でも観た年齢、その時の環境で受け止め方が随分変わる印象を持ちました。
    「アルタード・ステーツ」 私も好きで、これは昨年くらいにおそらくIMAGICAでやってたのを録画しています。
    不思議だけど面白かったからまた観ようっと安易に思ってました。
     
    「アルタード・ステーツ」 砂になった身体がさらさらと崩れる
    「ゴシック」 女性のお腹の上に..のシーン
    私はこんなイメージで美化しておりました。自分にとって気に入ったところしか覚えてないのも面白いですね。
    映像的には素晴らしい作品なんだと思います。
    ぜひハイビジョンでどこか、、どこかで放送して欲しいですね!
     
    「スターログ」知らなかった..。

  • こんにちは、僕もこれは20年以上前に見たきりで内容もアレなせいか(ーー;)記憶はゴジャごじゃになったままでした。
     
    今回のmomorexさんの記事を読みながら分断されていた脳内メモリを紡ぎ直す作業をやってみましたが、おかげで朧気ながら当時のことを少しずつ思い出してきました。そもそも「アルタード・ステーツ」を見てから、こんな常軌を逸した映画を撮る監督はバカか天才のどちらかに違いない!と決めつけてケン・ラッセル監督のファンになってしまったのですが、そのあとの「クライム・オブ・パッション」が面白かったけど案外”変態ケン度”は抑え気味かなという気がしたので次作「ゴシック」への期待値はあのころ相当高かったと思います。
     
    ポスターや雑誌で紹介されていた写真もこのジャケ写そのままだったと記憶していますが、この構図がむかし読んだ外国の妖怪等を紹介した”夢魔”のイラストと全く同じだったので、きっとそういう話なのだろうと思い込んでしまい、こういうの好きな僕は勝手にハードルを上げてしまったんです(ラッセルとインキュバスのセットならこれは凄いぞ!みたいな・・・)
     
    それがいざ始まると洋館に閉じ込められた人たちの心象風景みたいな映像が延々と続いて、たぶん途中で集中力削げちゃったんじゃないかなと思うんですよ。今見返すとまた違った印象になると思うんでぜひ何処かで特集放送やってほしいですね、それも出来ればハイビジョンで(^_^;)
     
    あ、それと「スターログ」ワタシも愛読者でした、ひじょーに懐かしいです。

  • ネクサス6様 いらっしゃいませ。
     
    ちょっと記事の書き方が堅すぎたかもしれません。。
    一言で言えば、アヘンでおかしくなっている人たちの妄想話で、最後のシーン以外まともな場面は無いと言っていいほど。
    でも5人の登場人物を調べると、良くも悪くも結構興味深い人たちでした。
     
    >「スターログ」
    なんか先見の明をいく雑誌名ですね。どういう風に紹介されていたんだろう。
    >キチンとした「ゴシック」を観なおしてみたいですな。
    本当にそうです。
    ケン・ラッセル特集でどこか放送して欲しいです。無理かな

  • 「ゴシック」と言うタイトルには覚えがあり、内容を読んでみてもイマイチピンと来なかったのですが、面白そうなのでAmazonでチェックしたときVHS版の写真を見て「ああ、あの映画か」と思い出しました。
    よくよく見るとDVDもパッケージも同じ画を使っている。もしかして画質の差はこのくらいあるのかなぁ、と。
    昔「スターログ」と言う雑誌を購読しておりまして、当時「ゴシック」が紹介されていて面白そうだと思って観たんですよね。
    でもブログの内容を読んでも記憶が曖昧で、そんな内容だったかなぁ、と。
    う~ん、キチンとした「ゴシック」を観なおしてみたいですな。

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