『キナタイ -マニラ・アンダーグラウンド-』(2009) - Kinatay –

闇社会の現実を見た青年。もう後には戻れない。

■ キナタイ マニラ・アンダーグラウンド – Kinatay – ■
2009年/フランス・フィリピン/110分
監督:ブリランテ・メンドーサ
原案:アルマンド・ラオ
脚本:アルマンド・ラオ
製作:ロデル・ネイシャンセノ
撮影:オデッセイ・フローレス

出演:
ココ・マルティン(ペピン)
フリオ・ディアス(ビック)
マリア・イザベル・ロペス(マドンナ)

解説:
マニラの闇社会の底知れぬ地獄の世界を垣間見ることになった青年の不安と恐怖を生々しく描いて物議を醸し、第62回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した衝撃の問題作。

WOWOW

あらすじ:
子供が生まれ、正式に結婚することにした警察学校生ペピン。20歳の彼はお金が無く、式の費用も知り合いに借りなくてはいけないほどだった。
生活費の足しにするため、以前から街頭で麻薬売買の手伝いをしていた彼は、今夜ボスに会えと仲間に指示される。乗り込んだ車が停まった先はマニラの歓楽街にある怪しげな店。そこから出てきて車に乗り込んだ売春婦に、乗り合わせた男たちは殴る蹴るの暴行を始める-


ペピン夫婦が住むところは、マニラにほど近い下町だ。
朝。車やバイク、自転車、屋台が行きかい、その横で洗濯する女たち。ペピンの住むアパートから玄関を出ると見えるのは、ゴミが山と積まれた集積所と、所狭しと建てられたバラックの屋根。そんな場所から結婚式をあげるため町に出る2人。
式は判事の前で誓約するだけの簡素なものだが、家族が集まり、住人たちがお祝いの声をかける。
この下町には貧困が覆いかぶさっているが、人々の心は暖かい。

この作品は、そんな喧騒あふれる元気な下町の様子から始まる。
貧乏な暮らしでも、笑顔が絶えない人々。
しかし、そんな人情あふれる昼間の様子から、日が落ちるとあたりは一変する。夜のマニラはネオンが毒々しく光り、そこかしこに売春婦や麻薬の売人がたむろする。そんな中で家計の足しにと、警察学校の授業を終えて軽い気持ちで麻薬売買のバイトをするペピン。驚くのが、学校の制服なのかポロシャツの背中には「司法警察学校」の文字が。

それともう一つ驚いたのは、麻薬売買の中抜きの多さだ。
 屋台の親父が麻薬を客に
   ↓
 その代金を集める男
   ↓
 その代金を男たちから集めるペピン
   ↓
 それを集めに来る麻薬元締めの下っ端

ペピンの仕事は代金を数メートル先にいる男に渡すだけ。
一体どれだけ末端価格に乗っている事やら。麻薬売買のトップには想像もつかないほどの金が入ってくることだろう。

そしてある夜、ペピンは下っ端の男にボスに一緒に会いに行くことを指示される。
家で待つ妻子が気になるが、まぁいいか、と軽い気持ちで車に乗り込む。
乗り込んだ車には見知らぬ男たちが乗っていた-。

ここからペピンの長い夜が始まる。
車に乗り込んで男たちを見た時に「しまった」と思ったことだろう。どこへ行くとも言わずに夜の街を走りだす車。不安に駆られるペピン。誰も彼には話しかけない。と、夜のネオンの中で車は停まった。
乗り込んできた女、通称マドンナ。見るからに売春婦だ。家で待つ妻とは対極の存在。車はまた走り出す。少し安心したペピンの前で、麻薬の売り上げをくすねたこの女は暴行を受け始め、テープで自由を奪われたうえ、車の床に転がされる。


こうしてペピンは車から降りることが出来なくなる。誰も自分に話しかけてこない。次は自分なのか?どこへ行くのか?この後何があるのか?何度も逃げ出すチャンスはあった。が、逃げたらどうなる・・・?よく考えろ。
車は街をぬけ、高速に乗り郊外へと進む。ネオンは無くなり、暗い道をどんどん寂しいところへ向かっていく。妻子から遠く真っ暗闇の中へ-。


この作品を観る者はペピンと一緒に、暗闇の中を行き先も分からず、転がった女の後部座席に座り続けることになる。流れるネオン、行きかう車。しかし緊張のあまり何も目に入らない。神の教えを説く看板でさえしらじらしく、救ってはくれない。(注1
そして人里離れた寂しい一軒家に車が停まった時、いやな予感が当たったことに気がつく。
本当の恐怖はここから始まる。
どうして自分がここにいるのか?こんな男たちと一緒に?

本作は第62回カンヌ国際映画祭での上映時には賛否両論分かれた問題作だ。
麻薬の売り上げをくすねた女がひどい目にあうだけでは問題作とは言えない。元締めの正体が問題なのでも無い。
どちらもよくある設定ではある。
では何が?

普通の若者が「司法警察学校」と書かれたポロシャツを着て、麻薬売買に悪びれもせず手を染めている事。
そしてその若者に、そのポロシャツのまま悪事の手伝いをさせても平気な事。
そして「この仕事に早く慣れることだ」と小遣いを渡された若者には、今後も、おそらく死ぬか捕まるまで悪事の片棒をかつぐしかない人生が待っている事、だ。
これが今のフィリピンだ、と何の比喩も無くストレートに突き付けたことが衝撃的で問題だったのであろう。

夜が明け、全てが終わり、男たちの元から解放されたペピン。
しかしペピンは昨日までの彼ではない。昇った太陽はまぶしく、街の喧騒が耳に付く。
パンクしたタクシーの代わりを探すペピン。なかなかつかまらないタクシーに苛立つその表情には、不安がへばりつき早くここから逃げ出したい焦燥感でいっぱいだ。いったい彼はどこへ逃げることが出来るというのか。

タイトルの「キナタイ Kinatay」はフィリピンの言語のひとつタガログ語で「屠殺」という意味。今月からレンタルも始まっているので、ぜひ観てほしい作品です。

ではまた

(注1 フィリピンの国民90%以上がキリスト教徒であり、そのほとんどがローマカトリック。

Kinatay

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