『ナイチンゲール』 (2018) - The Nightingale

凌辱され、夫と子供の命を奪われた女性の復讐劇ということで、少し及び腰的に観始めたけれど、物語の骨格は人種差別、虐待からのジェノサイド問題にまで踏み込んでいて、監督は21世紀を生きる人々にこれでいいのか?と問いかけている。それも大きな声で。

■ ナイチンゲール - The Nightingale – ■
2018年/オーストラリア・カナダ・アメリカ/136分
監督:ジェニファー・ケント
脚本:ジェニファー・ケント
製作:クリスティーナ・セイトン他
製作総指揮:ベン・ブラウニング他
撮影:ラデック・ラドチュック
音楽:ジェド・カーゼル

出演:
アイスリング・フランシオシ(クレア)
サム・クラフリン(ホーキンス)
バイカリ・ガナンバル(ビリー)
デイモン・ヘリマン(ルース)
ハリー・グリーンウッド(ジャゴ)
ユエン・レスリー(グッドウィン)
チャーリー・ショットウェル(エディ)
マイケル・シーズビー(エイダン)

■解説:
イギリス植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描き、2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞ほか計2部門を受賞したバイオレンススリラー。監督は「ババドック 暗闇の魔物」のジェニファー・ケント。


■あらすじ:
19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みを働いたことから囚人となったアイルランド人のクレアは、一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われ、刑期を終えても釈放されることなく、拘束されていた。そのことに不満を抱いたクレアの夫エイデンにホーキンスは逆上し、仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまう。愛する者と尊厳を奪ったホーキンスへの復讐のため、クレアは先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出る ─

映画.com

19世紀のタスマニア地方。
この頃のオーストラリアはほぼ全土がイギリスの植民地になっており、牧羊業による羊毛輸出が大きな産業となっていた時代。牧羊に必要な土地は、未開の公有地を開拓するなどでどんどん広げられ、侵略がさらに進んでいく。
原住民であるアボリジニとの対立もさらに激化。「ブラック・ウォー」(1800年代前半に起こったヨーロッパ人入植者とタスマニアン・アボリジニーの争い)が起き、本作の頃には争いもそろそろ終盤を迎えている時期。

同時にイギリスは本土で抱えきれなくなった囚人を流刑地オーストラリアに送りこんでおり、開拓労働や牧羊業、将校たちの家事手伝いにつかせ、必要以上の労働により、同じ白人さえも奴隷のように酷使する。

アイルランド人のクレアはそんなオーストラリア、タスマニア地方に囚人として送られてきた。仕事はイギリス軍部隊駐屯地での家事手伝いなどの奉仕だが、隊長ホーキンスに気に入られ、結婚や家を持つことも許可されている。子供も産まれた。だがクレアの刑期は既に終わっているのに自由にされない。されないどころかホーキンスによるセクハラがより酷いものになり、ある夜レイプされてしまう。

それでもクレアは、夫には秘密にして殺されずに”生きること”に集中する。イギリス軍の兵士、特にこのホーキンスはアボリジニや囚人相手はもとより、軍の部下に対しても横暴で、気に入らなければ殺してしまうことなど何とも思っていない人間だった。

そこにとうとう事件が起きる。
いつまでたってもクレアの自由の申請書を出してくれないホーキンスに文句を言った夫に対するあてつけで、クレアは夫と子どもの前で再度凌辱されたうえ、夫と子どもを目の前で殺される。クレアはあまりの出来事に悲嘆にくれるが、そのままではいなかった。元々持っていた負けない心、自分の自由を勝ち取る心が、この時湧き上がる。彼女はアイルランドの子ども時代も不遇で、草を食むようにして生きてきたのだ。

クレアは案内人ビリーを雇い、北の町に向かったホーキンス一行を追って行く。最初はアボリジニのビリーを信用せず銃を向けたまま進むこともあったが、二人で困難を超えるたびにお互いの純真さ、置かれている困難な状況が見え始め、信頼置ける兄弟のような絆ができ始める。
そして、とうとう宿敵ホーキンスに追いつくが ─


悪役ホーキンス、それに付いていくしかない軍曹と部下、常識人らしい軍の上層部の人間に少しほっとしつつも、今起きているビリーとクレアの問題は全く解決しない。クレアは復讐することで解決したのか?心に大きなどす黒い穴ができたように見え、夜な夜な悪夢に悩まされる。それにクレアの問題は、ここオーストラリアだけのことではとどまらない。故郷アイルランドとイギリスの問題でもあるのだ。

そしてビリーの抱え持つもの。家族が殺され、友人が殺され、部族が殺され、民族が滅びる…。彼一人ではどうにもできない大きな問題だが、何もせずにはいられない。憎い目の前の敵を葬り去ったが、どうして彼は座り込んでいるのか?その理由は撃たれたからだけではないだろう。無力感が彼一人を襲っているかのようだ。

この彼らを見て、何かを感じ取って欲しい。また今日も太陽が昇るように、何かを始めることが出来るはずだ、というケント監督の声が聞こえてきそうなラスト。
本作のタイトルである「ナイチンゲール」という鳥はヨナキウグイス(夜鳴鶯)や、墓場鳥とも呼ばれ、夕暮れ後や夜明け前によく透る声で鳴くという。クレアとビリーが歌った故郷の歌が”夜明け前”を照らす光となることを、次代のクレアとビリーに捧げたい。

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