『ザ・ビーチ』 (2000) - The Beach

もうすぐ公開のシャマラン監督『オールド』予告編を見て、あっと思い出したのが本作『ザ・ビーチ』。もしかして同じ場所?って思ったけどそれは違ってた(‘ω’) ディカプリオ的にはあの『タイタニック』の少し後の作品となる。印象的な音楽はMoby「Porcelain」。

■ ザ・ビーチ - The Beach – ■
2000年/アメリカ/119分
監督:ダニー・ボイル
脚本:ジョン・ホッジ
原作:アレックス・ガーランド
製作:アンドリュー・マクドナルド
撮影:ダリウス・コンジ
音楽:アンジェロ・バダラメンティ

出演:
レオナルド・ディカプリオ(リチャード)
ティルダ・スウィントン(サル)
ロバート・カーライル(ダフィ)
ヴィルジニー・ルドワイヤン(フランソワーズ)
ギヨーム・カネ(エティエンヌ)
ピーター・ヤングブラッド・ヒルズ(ゼフ)
パターソン・ジョゼフ(キーティ)
ラース・アレンツ・ハンセン(バッグス)

■解説:
現代の若者の倦怠と狂気を美しいリゾート地を舞台に描いたサスペンス・ロマン。アレックス・ガーランドの同名ベストセラー小説の映画化。監督は「普通じゃない」のダニー・ボイル。

映画.com

■あらすじ:
退屈な毎日に飽き飽きしたリチャードは、何かを求めてタイを訪れる。ある夜、安宿の隣の部屋のダフィと知り合い、伝説の孤島「ザ・ビーチ」の話を聞くことに。どうせ都市伝説の夢物語だろうと思っていたが、ある日、その孤島への地図を自分に残し自殺したダフィ。リチャードは反対隣の部屋に宿泊しているフランス人カップルを誘い、行ってみることにしたが ─


退屈な毎日に嫌気がさして刺激を求めタイ、バンコクにやって来たアメリカ青年リチャード。エキゾチックな街並みや人にはすぐに慣れてしまい、踏み込んだ街の薄暗い裏の場所に行く度胸はあまりない。結局は自分と同じような気持ちで遊びに来ている欧米人が目に付くようになる。
バンコクはそういった外国人相手の街であり、観光都市であり、快楽の街、飢えを満たす街。なんらアメリカと変わりない。

せっかく来たのに、何か自分の思っていたものと違う、、と感じ始めた頃、リチャードは安宿の隣の部屋にいる男、ダフィと出会う。

大麻に溺れ、常にぶっ飛んでいるダフィ。わめいている内容はよく分からないが、なぜか気が合うのだった。
そんなある日、ダフィが派手に自殺した。第一発見者のリチャードは部屋中に飛び散った血液、日常と違う光景を見て、何を感じるか自分に問いかける。だが何も感じない。心が萎んでしまっているかのようなリチャードはそんな自分に少しショックを受ける。

警察騒ぎになった中、リチャードはダフィが描いた自分宛の地図に気が付く。それは、世迷言だと思っていた、あの秘密の孤島「ザ・ビーチ」への地図であった。本物か何なのかは分からない。騙されているのかもしれない。だが、彼は反対隣に宿泊しているフランス人カップル、エティエンヌとフランソワーズを誘い、「ザ・ビーチ」へ向かう。何百キロも離れた最果ての島。道中は簡単ではなかったが、3人は向かった。高い岸壁に囲まれた完璧なラグーンへと─


日常を忘れたくて何かに没頭したり、旅に出たりすることはよくあること。リチャードはそれでも足りず、空っぽになったように感じる心を埋めにタイを訪れ、孤島へと出発する。バンコクでは、旅先に来ながらもアメリカ映画を見ている欧米人に辟易し、蛇の生き血を飲む体験もしてみる。地球の裏側に来たはずなのに、何も見つけられない。よく似た思いで遊びに来てはしゃいでいる欧米人の人数を確認しただけだ。

そこで出会ったそこらの欧米人とはちょっと違うダフィ。彼が遺した地図を片手に孤島へと向かったが、何故一人で行かないのか?そこに疑問が挟まる。せっかく一人旅をして自分探しをしているのに、仲間がいるのか?ぃゃ、仲間というよりフランソワーズだね。彼女から目が離せない。それに他に出会った二人にも地図を書き写し残している。自分の足跡を知らせときたかっただけでは?と思う。どちらも生物の本能とはいえ、リチャードの甘さがここに出ている。結局はナンパ旅?
これらの行為がこの後、自分を追い詰めることになる。

完璧なラグーンはあった。「ザ・ビーチ」は存在した。楽園、自給自足の自由なコミュニティー。受け入れられた3人。だがここでリチャードは少し考えるべきだった。あれほど称賛していたザ・ビーチを何故ダフィは抜け出した?何故戻ろうとせず、自殺した?

人間は社会的な生き物で一人で生きていくのは難しい。二人以上が共同生活をするためにはルールが必要になる。ルールを決め、もしルールを守れなかった時にはどうするのか、というルールさえも必要になる。統率するためにリーダーも必要になり、リーダーの質によって自由民主的になるのか、独裁的になるのかと分かれていく。だがコミュニティーが小さければ小さいほど、そのあたりが曖昧になり、その場しのぎの対応になってしまいがちだ。
この「ザ・ビーチ」でもそれは起きた。

お互い干渉せずにやって来た大麻栽培の農民たち、大けがをした時の対処、もう増やせないコミュニティーの人員。日常に邪魔されない楽園のはずが、どんどん社会的になっていくのだ。だが、少人数であるため、皆の快楽を邪魔する者には容赦ない、非人間的な対処法が選ばれる。日常社会では考えられない最悪の対処法が。それも全て楽園を守るため。楽園こそが正義。

そこに気が付かず流されるリチャード。いや、気が付いていたが知らないふりをした。エティエンヌが訴えていたのに聞こえないふりをした。もはや自分探しをしている自由な若者ではない。自己中心的な集団にしか見えない楽園のコミュニティーの一員だ。

ルールを破り、その集団からさえも追い出されたリチャードがとった行動は、バンコクにいた時に見た映画『地獄の黙示録』にそのまま影響を受ける。タイと同じアジアを攻撃している戦争映画、有名なアメリカ戦争映画のワンシーンに。何かを探しに出たリチャードのはずだったのに、何も身に着けることができなかったのか?
リチャード、自分の行動をみてみよ。自分を守るためにカーツ大佐に扮して同じ年頃の若者を死に追いやっている。それが楽園か?

Mobyの「Porcelain」で始まったこの作品は、この頃には不穏で不安を掻き立てる音楽が鳴り響くようになる。それに合わせて楽園の人々の夢は砕け散り、その後、皆はそれぞれの場所に逃げ帰って行く。楽園を全うしようとしたのはリーダーだけという最後になった。


ラストシーンは、ネットカフェのパソコンで自分宛のメールを確認しているリチャードの顔。当時の写真を見て、笑みがこぼれる彼の表情はすぐに曇る。何を思い、感じているのかは彼にしか分からないが、いろいろな経験を総合して「何か、いやな旅だったな」というようなものじゃないことを祈るばかり…

楽園開設メンバーだったダフィが叫んでいた「がん細胞、寄生虫」というのは、バンコクで騒いている欧米人ではなく、楽園に集まってきた後続のメンバーたちのことだったのだろう。増えれば増えるほど危険とルールが同居するようになってしまった楽園を憂いての叫びだったのだ。

 

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