暗い夜の公園。所々にぽつんぽつんと立つ外灯が浮かび上がらせる、その男のシルエット。横を向くその男の口元は心なしか笑っているように見える。私はその男から逃げている。もうかなり走って逃げているが、その男は宙を浮くような足取りでどんどん追いかけてくる。はあはあと息を弾ませながら後ろを振り向く。その男はどちらから向かってくるのか、どっちへ逃げればいいのか。首を伸ばして暗闇に目をこらした瞬間、その男は目の前にぬっと現れた。「っあっ!」と声を出した瞬間、目が覚めた。
夢だった。これほどまでの悪夢は久しぶりに見た。その夜、寝る前に観たものは『モンスター』だった。
■モンスター - Monster -■ 2003年/アメリカ・ドイツ/109分
監督:パティ・ジェンキンス
脚本:パティ・ジェンキンス
製作:クラーク・ピーターソン、シャーリーズ・セロン他
撮影:スティーヴン・バーンスタイン
音楽:BT
出演:
シャーリーズ・セロン(アイリーン・ウォーノス)
クリスティーナ・リッチ(セルビー・ウォール)
ブルース・ダーン(トーマス)
リー・ターゲセン(ヴィンセント・コーリー)
アニー・コーリー(ドナ)
■解説:
“世界で最も美しい50人”に選ばれたこともあるなど、うらやむばかりの美貌の持ち主として知られるハリウッドの人気女優セロン。だが、そんな彼女が本作では体重を13kg以上も増やし、実在の女性連続殺人犯という汚れ役に体当たりで挑戦。鬼気迫る熱演を披露し、アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞ほか、数々の映画賞で主演女優賞をみごとに独占した。共演するC・リッチの繊細な好演も見逃せないところだ。監督はこれがデビュー作となるP・ジェンキンス。 (WOWOW)
■あらすじ:
1986年、フロリダ。道ばたでヒッチハイクを装い客を拾う娼婦アイリーン。長年のそういった毎日に疲れ切っていた彼女は、ある場末の酒場で一人の少女と出会う。その少女、同性愛者のセルビーは、それゆえに家族からもつまはじきにされ、孤独を募らせていた。2人は互いに惹かれ合い、どこか遠くで一緒に暮らそうと夢を見る。
セルビーを食べさせるため、ますます客をとることになったアイリーンは、ある日暴力的な男の車に乗ってしまい、自分の身を守るために男を殺してしまう-
ずっと前に一度観て、なんて後味の悪い作品なんだと思っていた本作『モンスター』。でも後味の悪い作品というのは、ほとんどの場合何故かまた観たくなるもので、そろそろまた観たいと思っていたらちょうど放送があった。
結果、記事冒頭に書いた悪夢を見る羽目に..
10代半ばに妊娠した事を理由に家を追い出され、道端で客をとって生きてきた娼婦アイリーン。年齢よりも老けて見える彼女だが、30もとっくに過ぎ実際(娼婦としては)もう若くはない。疲れ切った身体を引きずるようにやって来た高速道路の高架下。雨の降る中、座り込んで俯く彼女の手には銃があった。
幹線道路脇に建つ安酒場で出会った少女セルビー。
誰のことも信じず、背中を向けて生きてきたアイリーンの目に最初は映らない彼女だったが、一人寂しそうにして猫のようにすり寄ってきた彼女を無視することは出来なかった。
同性愛であることを隠そうともしない彼女に最初は警戒したアイリーンだったが、次第に話がはずみ意気投合する2人。孤独な傷口を癒やし合う2人は、お互いがかけがいのない者へと変わっていく。
しかし、2人は似たもの同士のようであって実は違う。
肩を怒らせ、決して弱みを人に見せないように1人で生きてきたアイリーンと、同性愛者であることで肩身の狭い思いをしながらも仕事をして自立しようともせず、親や知り合いに面倒を見てもらっているセルビー。
この時からセルビーの面倒をみるのはアイリーンとなった。
その結果、ますます客をとって金を稼がなくてはならなくなったアイリーン。疲れた身体に鞭打ち、今日も道路脇に立って親指を上げる。その日の客は人を小馬鹿にしたようないやなヤツだったが、仕事と割り切り助手席に滑り込んだ彼女。そうしているうちにその男は、アイリーンの頭を殴り気絶させてロープで縛り上げた。命の危険を感じた彼女は、咄嗟に鞄の中から銃を取り出し男に向けて撃つ。撃つ。撃つ。
こうして金と車を手に入れたアイリーンは、この罪を続けていくことになる。
最初は正当防衛であったのが、次からは強盗が目的となり、男を拾っていく。セルビーには黙っていたが、次々持ち帰る大金と車。ちょっと考えればよくないことをしていると分かったはず。
それでも、今までビールとタバコのためだけに身体を売って生きてきたアイリーンにとっては、セルビーは大事な宝物だった。彼女にとっては初めて「人を愛し、人のために生きる」ということを教えてくれた存在だったのだ。
短い間に起きた連続殺人は、世間を大いに騒がせ震撼させた。犠牲者の中に警察関係者がいたこの事件はマスコミに連日取り上げられ、警察はどんどん2人を追い詰めていく。
そしてアイリーンは捕まった。
この事件は、1989~1990年にかけて実際あったものだ。逮捕され、殺人の罪で起訴、裁判にかかったのはアイリーンだけ。セルビー(仮名)は、警察と取引し逮捕を免れた。
荒れた肌、ボロボロの並びの悪い歯、後ろにすべてかき上げ、なで付けられた髪。落ち着きなく視線の定まらない目。その目をギョロリと見開き、挑むように話す態度。これらの様子は、手錠をかけられた裁判中も変わらなかった。
しかしその裁判に証人として出廷し、裁判官に答えて自分を真っ直ぐ指さしたセルビー(仮名)を見たとき、アイリーンはどのような表情をしていたのだろうか。本作内では、悲しげな表情を少し見せただけであったが..。
犠牲者は7人。「何の罪もない、良き父、良き夫」とマスコミによって紹介されたことだろう。アイリーンは生まれたその時から娼婦であったのでも殺人者であったのでも無い。4歳の時に母親に捨てられ、精神病を患っていた父親は強姦罪で服役中に自殺した。兄とともに祖父母に育てられたが、愛情あふれる家庭環境であったとは言いがたい。
14歳で妊娠、出産した子は養子に出され、その時から学校には行かず娼婦として生きてきた。
いったい誰がモンスターなのか?
女性監督パティ・ジェンキンスは観る人に問う。
そして観る者は、とても細やかでリアルなこの作品にショックを受け、悪夢を見る羽目になる。
アイリーン・ウォーノスは有罪判決を下され、6件の死刑宣告を受け、2002年に薬物注射によって死刑が執行された。
(Wiki:アイリーン・ウォーノス)
ではまた