古いアパートに越してきた男が突き落とされる孤独と狂気の世界。かなり怪しい他の住人たち(ほとんどが老人)の様子から『ローズマリーの赤ちゃん』を彷彿とさせるものの、騙されてはいけない。これは真逆の物語なのだ。
■ テナント/恐怖を借りた男 - Le Locataire – ■
1976年/フランス・アメリカ/126分
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロマン・ポランスキー 他
原作:ローラン・トポル
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:フィリップ・サルド
1976年/フランス・アメリカ/126分
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロマン・ポランスキー 他
原作:ローラン・トポル
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:フィリップ・サルド
出演:
ロマン・ポランスキー(トレルコフスキー)
イザベル・アジャーニ(ステラ)
メルヴィン・ダグラス(ズィー)
シェリー・ウィンタース(管理人)
ジョー・ヴァン・フリート(ディオズ夫人)
ベルナール・フレッソン(スコープ)
リラ・ケドロヴァ(ガデリアン夫人)
クロード・ドーファン
エヴァ・イオネスコ
ジョジアーヌ・バラスコ
クロード・ピエプリュ
リュファス
■解説:
「チャイナタウン」の後、スキャンダルに疲れ再びフランスへ戻ったポランスキーが自作自演で描く異常心理サスペンスの佳作で、日本では劇場未公開のままビデオのみの封切りとなった。
ストーリーだけを追うと混乱を招きかねない作品だが、随所に挿入される悪夢的なシーンと、全体に散りばめられたキーワードがその行間を埋めており、観ている間終始つきまとう不安感は次第に心地よいものとなっていく。“主演”のポランスキーはまさにハマリ役、脇を固める演技陣も充実しており見応えは充分。S・ニクヴィストによる冷ややかな映像も重要なファクターだ。
■あらすじ:
古びたアパートに空き部屋を見つけたトレルコフスキーは、前の住人が窓から飛び降り自殺を図った事を聞かされる。彼はその女性シモーヌを病院に見舞い、そこで彼女の友人と名乗るステラと知り合う。やがてシモーヌは死に、その部屋に越してくるトレルコフスキー。部屋にはまだシモーヌの痕跡がそこかしこに見られ、壁に開いた穴の中には彼女のものと思われる一本の前歯が隠されていた ―
(allcinema)
交渉の末、ようやく引っ越すアパートが決まった男トレルコフスキー。が、そこは曰く付きの部屋で前の住人シモーヌは飛び降り自殺を図り、まだ生死を彷徨っている状態。当然、彼女が回復し戻ってくれば、このアパートに彼は引っ越してこれない。
というのに何故、彼はここに決めたのか?
まず、この冒頭の下りからして非常に不可解だ。
人が自殺を図った部屋で、その上、まだ生きているんですよ。例え全く知らない他人だとしても、普通は回復することを願うはず。そこに引っ越すことを希望するということは・・・お亡くなりになることを希望することと一緒では。大人しそうな彼なのに、部屋を決めたいが為に食い下がってまでの交渉をやってのける。何故彼はここまでして、この部屋に越してきたいのか?
次なる行動はシモーヌのお見舞い。繰り返しますが、お見舞いというものは相手の回復を願って行うことですね?ここでもかなり引っ掛かるトレルコフスキーの言動。たまたま出会ったシモーヌの友人ステラに正直に「彼女をほとんど知らないんだ」とはちらりと言っていたものの、あの状態でステラが聞こえていたかは分からない。この辺りで分かるのは、トレルコフスキーという男の嘘はつけない生真面目さ。かといって誠実な男なのか?となると疑問が残る…。
最終的に彼はこの部屋を手に入れるのだが、部屋の中はシモーヌの物がそのまま残っている状態。あまりいい気がしないものだと思うが、彼は部屋に住めることになった喜びで一杯のようだ。そんな中、クローゼットに掛けられたままになっていたシモーヌのワンピースに目が留まる。少し手に取り、元に戻したものの、また扉を開けて幾度か手に取り直した男。この黒地に花柄のワンピースの何が彼に訴えかけたのだろうか?それは終盤になって分かる。
何故ここに越してきたのか、家族はいるのか?なども分からないまま、謎の男はアパートに落ち着いた。大人しい彼とはあまりそぐわない明るく騒がしい友人たち、何故か彼に好意を寄せたシモーヌの友人ステラ。そして何かと詮索好きで口やかましいアパートの老人たち。皆、彼とは違うタイプではあるが、トレルコフスキーは持ち前の真面目さで彼らとうまく付き合い始める。
だが、時折、不気味な現象が彼を襲い始めた。それは部屋の向かいにある共同トイレでじっと何時間も佇む老人の姿だったり、壁に隠されていたシモーヌのものらしい歯。何度、自分のタバコの銘柄を説明しても間違える店の店員。間違えるタバコはシモーヌが好んでいたものだった。空き巣にもあった。
自分はトレルコフスキーなのに周囲にシモーヌとして扱われている気がする。まるで彼女の呪いであるかのように…
【ここからはネタバレが】
見舞いに行って目撃した包帯姿のシモーヌ。その時、彼女は苦しさ故なのか叫び始める。がんじがらめのまま、思うようにならない自分を呪って。いや、あれは、自分を哀れんでいたのではない。周囲の人間を呪っていたのだ。
そして、それは、そのままトレルコフスキーに同期する。
トレルコフスキーには秘密があった。彼はそれをひた隠しにしていたが、いつも誰かに見られている、覗かれている気がしてならない。詮索好きな周囲の人間に、秘密はバレているのではないか?親切そうに気にかけている素振りをして近付き、自分を陥れようとしているのではないか?
目の前で包帯に包まれ、思うように動けず、最後には思いの丈叫びだしたいのは他でもない自分なのだ。
そして、周囲の人間達にとうとう秘密を暴かれたからには、何も隠す必要がなくなった。元からあった自殺願望をそのまま実行に移す。ありのままの姿で。一度でうまく行かなかったのなら、もう一度飛ぶ。心配そうに見に来た者どもは、さっきまで自分が飛ぶのを拍手しながら待っていたではないか。
全てが、全ては、お前たちのせいなのだ。
で、シモーヌを落としたのは誰だったのか・・・?