『はるヲうるひと』(2019) ~ 人には差なんてないんだ

真面目に怖い佐藤二朗氏を始めて見た気がする… 面白い佐藤氏や真面目だったり不真面目だったりワルだったりの山田孝之氏はもう十分見たから選んだ作品ではあるんだけれど。お二人は十分こたえてくれた。新しい二人を発見したければぜひご覧あれ『はるヲうるひと』を

はるヲうるひと

■ はるヲうるひと ■
2019年/日本/113分
監督:佐藤二朗
脚本:佐藤二朗
原作:佐藤二朗
製作:飯塚達介 他
撮影:神田 創
音楽:遠藤浩二

出演:
山田孝之(真柴得太)
仲里依紗(真柴いぶき)
佐藤二朗(真柴哲雄)
今藤洋子(柘植純子)
坂井真紀(桜井 峯)
笹野鈴々音(村松りり)
駒林 怜(近藤さつみ)
太田善也(ユウ)
向井 理(三田)
大高洋夫(義雄)
兎本有紀(清美)
大水洋介(良太)

■解説:
監督は本作が2作目の映画監督作品となる佐藤二朗で、出演は山田孝之と仲里依紗など。日本での劇場公開は2021年6月4日。R15+指定。原作は佐藤が主宰する演劇ユニット「ちからわざ」で2009年に初演した同名舞台劇で、自ら脚色を担当し、約5年の歳月を要して映画化にこぎつけた。

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置屋が立ち並ぶ小さな島“千鳥ヶ島”。本土から日に二度行き来する連絡船で客たちはやって来る。そんな置屋の一軒“かげろう”を経営する兄の哲雄と腹違いの弟、得太。得太の下には身体の弱い妹、いぶきがいる。年の離れた哲雄は何かにつけ得太といぶきに辛くあたる。かげろうで働く遊女たちは「得太といぶきの母親が、哲雄の母を死に追いやった」からだと噂していた。

はるヲうるひと

令和の時代にもこのような島があるのかは知らないが、この島の遊女たちは利口で逞しい。哲雄たち経営者との距離感、客との距離感、自分の今後について考えながら日々を過ごす。今後のためなら悔しくて本当は嫌なことでもやってのける。客たちに対しては彼女らなりの愛がある。だから本土から客はやって来る。贅沢は出来ないけれど、生きてはいける。そのために“かげろう”が必要なことも分かっている。

得太の毎日は船が付くたびの客寄せと、遊女たちの世話である。遊女たちのものを洗濯したり、必要なものを買いに行ったり。彼女たちの話は聞くに堪えず、偉そうに言い返せばコテンパンにやられ返されるだけ。兄は誰よりも怖い。近くに来るだけで射すくめられたウサギのようになってしまう。友達もいない、話をできるような知り合いもない。

生きる支えとなっているのは、もしかしたら身体が弱くどこにも行けない妹いぶきかもしれない。幼い頃から妹だけは守りたいと思っていた。だが妹も狭い家の中で女たちに囲まれ、とてつもないストレスにさらされて意味の無いパニックを起こすことがある。得太にはどうしてやることもできない。

そんな得太の生きる場所は置屋である家と船着き場と遊女たちの買い出しに出かける古びた店でしかない。ただ移動するだけのその道々、時々とてつもなく嫌になることがある。何に対してか分からないが悔しくて、歯を食いしばっても涙が出てくる。誰にも止められない。自分でもどうしていいか分からない。

どうすりゃいいんだ、、誰か助けてくれ、誰か ─

はるヲうるひと

全てを居丈高に支配し、人を“まっとう”な者と“鼻くそ”の二つに分けて、自分と妻子以外は全て生きる価値もない鼻くそと言い放つ兄、哲雄。だが彼が支配しているのは小さな島の一軒の置屋に過ぎない。彼さえも、島からほとんど出ない毎日だ。島が彼らを縛るのか、彼ら自身が島に縛り付けられているのか ─

最初にも書いたけれど、こんな怖いお兄さんの佐藤二朗氏を見たことがない(-“-)。確かに、いつものおしゃべりでお調子者の仏や高校生女子のお父さんには少々飽きがきていた。けれど、こんなお兄さんもできるんだと、今さらながら役者さんってすごいな、って思ってる。いつか何かくだらないことを言い出すんじゃと哲雄の顔をじっと見ていたが、何も起こらなかった。逆に今の時代には全くそぐわない非人道的な、差別的な、暴力的な、男がそこにいた。この昭和な島にはきっとこんな男がいるんだろう、と思わせる背中が非常に怖い。

はるヲうるひと
ざっくりニットのカーディガンさえ怖い

支配する者とされる者。お互いどちらが欠けても成り立たない。これを共依存というのだろうか。
哲雄と得太もそうだと言える。哲雄は得太の母がやらかしたことを憎み、その報復として腹違いの弟妹に毎日辛く当たることで、それを糧にして生きてきた。まっとうだ、鼻くそだ、と言ったところで意味は無い。二人が必要だから島から出ないのだ。出ることができないのだ。

得太は幼い頃に父母を亡くし兄に育ててもらったようなもので、この兄の元から出るなど考えも及ばない。置屋の下男以外に生きるすべも知らない。ようするにこの島の置屋にいることしかできないのだ。だが妹いぶきは少し違う。外に出て逃げ出して、やってみれば何とかなるのでは?と考えている。

そんなある日、彼らの日常を覆すほどの事件が起きる。きっかけを作ったのは哲雄だったが、それに対して我慢ならずに初めて哲雄に言い返し、凶器を向けた得太。そしてその口から今まで秘密にされていた三兄弟の両親に関する話が明かされる。そのことによって哲雄がどう思い、この後どうしたのかは分からない。
けれど得太といぶき、遊女たちは今自分が置かれている生き方とは別に、他の何かを見つけてもいいのだということに気が付く。そしてしょせん、人間にはそう差はないことに思い当たる。都会に住んでいる、小さな島にいる、お金持ちや貧乏、何を持っていて、何を持っていないかなんて、大きな高いところから見下ろしてみると、そんなに違いはない。宇宙から見た地球にいる人間なんて全く見えない。小さな点よりもさらに小さな皆同じ生き物なんだ。

彼らにはこれからも生きていってほしい。「息を吸ってはき、心臓を動かすだけ」の生き方ではなく、「生きて」いってほしい。彼らが売ってしまった「はる」はまた取り戻せる。青春の「春」として。人生の「春」として。

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監督 佐藤二朗

日本の俳優、脚本家、映画監督。1996年にかつての養成所・劇団の知り合いに声をかけて演劇ユニット「ちからわざ」を旗揚げし、全公演で作・出演を担当するなど、会社勤めをしながら俳優活動を開始。28歳(もしくは29歳)の頃、鈴木裕美に誘われ、劇団「自転車キンクリート」に入団。
30代に入り、佐藤の出演舞台を観た堤幸彦が『ブラック・ジャックII』に医者役で起用した。ワンシーンのみの出演だったが、それを見ていた主演・本木雅弘の事務所社長に声を掛けられ、現事務所に所属することとなった。以降、映像作品への出演が続くようになり、トリッキーな役どころで話題となった。堤作品以外では、ムロツヨシとともに福田雄一作品の常連出演者となっている。

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出演作:多数
脚本:
テレビドラマ

  • ケータイ刑事 銭形泪 1stシリーズ・第4話、2ndシリーズ・第18話(2004年、TBSテレビ)
  • ケータイ刑事 銭形零 2ndシリーズ・第8話(2005年、TBSテレビ)
  • ショートフィルム道「佐藤四姉妹」(2006年、TBSテレビ)
  • 恋する日曜日 第3シリーズ 「アダルトな恋」(2007年、TBS)
  • 家族八景 Nanase,Telepathy Girl’s Ballad 第1・2・5・6話(2012年、MBS)
  • だんらん(2013年1月4日、関西テレビ) ※笑福亭仁鶴芸能生活50周年記念ドラマ
  • 私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな第3話 シーズン2 第9話・第13話(2014年、LaLa TV)

映画

  • memo(2008年、監督・主演も兼任)
  • はるヲうるひと(2021年、原作・監督・出演も兼任)
はるヲうるひと

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