『フローズン・リバー』(2008) - Frozen River –

厚い氷の下にも川は流れる

■フローズン・リバー - Frozen River-■
2008年/アメリカ/97分
監督:コートニー・ハント
脚本:コートニー・ハント
製作:ヘザー・レイ、チップ・ホーリハン
製作総指揮:チャールズ・S・コーエン、ドナルド・ハーウッド
音楽:ピーター・ゴラブ他
撮影:リード・モラーノ
出演:
メリッサ・レオ(レイ)
ミスティ・アパーム(ライラ)
チャーリー・マクダーモット(T.J)
マイケル・オキーフ(フィナティー州警察官)
マーク・ブーン・ジュニア(ジャック・ブルーノ)

解説:
’08年のサンダンス映画祭グランプリに輝くなど多くの映画賞で絶賛された感動ヒューマン・ドラマ。これが長編初メガホンとなるコートニー・ハント監督が、自ら手掛けた短編版を劇場長編へと昇華した渾身の意欲作。現代アメリカが直面する社会問題を背景に、ふとしたことから出会った2人のシングルマザーが、それぞれに抱えた苦境を乗り越えるため密入国を手助けする違法な仕事に手を染めていくさまを、リアルな中にもエモーショナルな情感を織り込み描き出していく。主演は本作でオスカー初ノミネートを果たした「21グラム」のベテラン女優メリッサ・レオ。(allcinema)


あらすじ:
ニューヨーク州最北部、カナダ国境にほど近い小さな町。
ぼろぼろの小さなトレーラーに住む2人の息子の母親レイは、1ドルショップに2年勤め、やっとの思いで新しく大きなトレーラーの購入資金を貯めることが出来た。

クリスマスも間近になり、その新しい家が届く日の朝、ギャンブル依存症の夫トロイが資金を持って消えてしまう。夫を捜し回るレイは、ビンゴ会場で夫の車を発見するが、運転していたのは地元のモホーク族の見知らぬ女性ライラだった。
成り行きから、ライラの密入国者を運ぶ仕事を手伝う羽目になったレイ。高額な報酬に今後も続けることを決めたレイだったが-


化粧っ気の無い、ぼろぼろの疲れた肌に深く刻まれた皺-。
この作品は、そんなレイの顔のアップで始まる。
タトゥーの入った痩せた足。ピンクの部屋着をだらしなく纏った姿。
裸足のままトレーラーの玄関先で煙草を吸う彼女を見て、「この映画、主役に感情移入出来るかな。」とふと思う。
がしかし、その直後、痩せた頬に涙がつたい、それをすぐに拭い去って横を向いた姿を見た時、「あ、、どうしたの。何があったの?」と思わず声をかけたくなった。
始まって早々数分で、この作品の世界に取り込まれてしまった。

レイには15才と5才の2人の息子がいる。
ギャンブル依存症の夫トマスをなんとか支えて、1ドルショップで懸命に働く母親。それには夢があったからだ。広くて新しいトレーラーハウス。それを手に入れるため、化粧もそこそこに、手が荒れても気にせずに働いてきた。お金を貯めては、夫のギャンブルに消え、、が何度も繰り返されたであろう。しかしやっと貯めきることが出来た。手付けの1500ドルを入れて、家が到着するその日に残金を払う。子供達へのクリスマスプレゼントのはずだった。
なのに、よりによってその朝、夫と共にお金は消え失せた。
新しい生活が始まるはずだった、この寒い朝に。

「パパを捜さないの?」と事情が分かっている15才の息子T.J(トマス・ジュニア)が尋ねる。「探さないわよ」と答えるレイ。情けなくて涙が出る。しかしその涙はすぐに拭い去られ、また前を向く。そして探しに出かける。大事なお金を。子供達の父親を。…自分の夫を。

レイが夫を捜すのにまず向かったのがカジノの一種であるビンゴ会場だ。
ビンゴゲームとは、数字が入れられた5×5のマス目の用紙を使い、発表された数字を塗りつぶす。縦、横、もしくは斜めに5マス揃えばビンゴとなり賞品を受け取るお馴染みのゲームだ。これにお金が絡むとゲームがゲームでなくなり、他のギャンブル同様、中毒の対象となる。
ビンゴ会場を経営するのが、この地の先住民族モホーク族だ。

■モホーク族と保留地
モホーク族(Mohawk、別名カニエンケハカ、Kanienkehaka(火打石の人々))とはインディアン(北アメリカの先住民族)の部族である。
モホーク刈り(モヒカン刈りとも呼ばれる)と呼ばれる独特の髪型をしていることでも知られている。
モホーク族を含む複数の部族からなる「イロコイ連邦」は、アメリカ連邦内務省の出先機関であるBIA(インディアン管理局)の傀儡である「部族政府」を設置しないことで自治権条約を固持しており、アメリカ・カナダの両連邦政府からもニューヨーク州政府からも直接権限の及ばない、インディアン部族では例外的な中立独立国家の体制を保っている。1794年のジェイ条約に始まる国際協定で、彼らはアメリカ国外とのパスポートを必要としない自由な往来を保証されている。
モホーク族アクエサスネ・バンドは連邦協定に基づき、カナダのオンタリオ州とアメリカ合衆国のニューヨーク州をまたいだ「セントリージス・モホーク族保留地」を領有している。カナダとアメリカを分けるセントローレンス川に架かる「国境交差連絡橋」は、アクエサスネ・モホーク族を記念して2000年に「三国家の交差点(Three Nations Crossing)」と命名された。

そしてこのビンゴ会場で働いていたのがモホーク族の女性ライラだった。
彼女には夫がいたが、冬の凍ったセントローレンス川を車で渡っている途中で氷が割れ、車ごと沈み死んでしまった。その後、生まれた赤ん坊は義理の母親にとられてしまう。アメリカであれば裁判所に訴え出るところだが、ここは保留地。法律が違うのだ。
子供を取り返すことだけが生き甲斐のライラだったが、彼女もまたお金がない。目が悪いためカジノ会場でも思ったように仕事が出来ず、稼ぐことが出来ない。そんな中、少しの仕事で大きく稼げるのが不法移民の密入国の手伝いだったのだ。
それは、凍ったセントローレンス川を車で渡ってカナダに入り、車のトランクに不法移民を乗せアメリカに戻り、決められたモーテルまで送り届ける。1人頭1200ドル。たいがい2人セットなので、1回の仕事で2400ドルにもなる。
しかしライラには車がなかった。そこにキーが付いたまま停められていたレイの夫の車。
つい勝手に運転していたところを探していたレイに見つけられ、2人は出会うことになる。

不法移民の密入国ビジネスに手を染めた2人。
しかし警察も把握しており、監視の目は厳しい。
いつ割れるとも分からない氷の上を往復する様子は、そのまま2人の危うさを表している。川を渡りきり、岸に上がる場所さえ水浸しで、アクセルを踏み込まなければ上がれない。下手をすれば後に滑り落ちていく。
そんな危うい2人であったが、人としての、母親としての良心までもは川に捨ててはいなかった。
物語は、滑り落ちる前になんとか踏みとどまり、新しい生き方を選択した2人を捉えて終わる。


白人の女とモホーク族の女。
この地を先祖から盗んだ奴らの末裔の女と、車を盗んだ女。
金が無く困っている女と車が無くて困っている女。
ごつごつした氷がぶつかったような2人の出会いだったが、互いの話を聞くうち、少しずつ角が取れ氷は丸くなり、やがて溶けて一つになった。2人の求めているものはただ一つ。大事な子供と幸せに暮らしたい。ただそれだけだった。

分厚い氷に閉ざされたかのように見えるセントローレンス川。
だが、その下には変わらず流れるものがある。
人はその足下が崩れたとき、いつまでもそこに留まっていてはいけない。
うつむいている顔を上げ、まっすく前を見て新しい途を探すのも、また一つの生き方なのだ。

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