『ザ・マスター』(2012) - The Master –

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タイトルから洗脳される男の映画かと思っていたけれど、ちょっと違った。戦争を挟んで精神的に不安定になった主人公が自分を見つめ、逃げだし、また戻る物語。自分を見つめる鏡になるのが“マスター”と呼ばれる、ある団体を纏める男。ふー、フィリップ・シーモア・ホフマン。惜しい人を亡くしたなー

■ザ・マスター - The Master -■

The Master

2012年/アメリカ/143分
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
製作:ポール・トーマス・アンダーソン 他
製作総指揮:テッド・シッパー 他
撮影:ミハイ・マライメア・Jr
音楽:ジョニー・グリーンウッド

出演:
ホアキン・フェニックス(フレディ・クエル)
フィリップ・シーモア・ホフマン(ランカスター・ドッド)
エイミー・アダムス(ペギー・ドッド)
ローラ・ダーン(ヘレン・サリヴァン)
アンビル・チルダーズ(エリザベス・ドッド)
ジェシー・プレモンス(ヴァル・ドッド)
ラミ・マレック(クラーク)

解説:
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の鬼才アンダーソン監督が5年ぶりに放った野心的傑作。慣習的なドラマ作りには背を向け、大胆な飛躍に満ちた強引な話運びで、時に観客を置いてきぼりにしながらも、先鋭的な映像表現や俳優たちの強烈な存在感で観る者の心をわしづかみにする彼独特の映画魔術は今回も健在。とりわけ、J・フェニックスと2014年2月に不慮の急死を遂げたP・S・ホフマンとの白熱の演技合戦は圧巻。第69回ヴェネチア国際映画祭の男優賞ダブル受賞や監督賞ほか、数多くの映画賞に輝いた

あらすじ:
第2次世界大戦後、除隊してアメリカ本国へ帰還したものの、戦争後遺症で社会にすんなり復帰できず、あてどなく人生をさまよっていたフレディ。ある日彼は、酔って事件を引き起こした末に一隻の船に逃げ込み、そこで“マスター”と呼ばれる不思議な男と出会う。その男は、とある教団を率いる新興宗教の教祖で、そのカリスマ的魅力で多くの支持者を集めつつあった。フレディも彼に惹かれて行動を共にするようになるのだが ―
(WOWOW)


The Master

キュルキュル鳴るバイオリンが不安定な男の心を表現する。
男はフレディ・クエル。自分を表現することが下手で人と交わることが不得手。一人でいることが多い。それは戦場でも同じだった。父親は亡くなり、母親は精神科病院に入院している。母親を必要とする幼少時、父親を必要とする青春期。彼はどのように過ごしたのだろうか。出征前に心を通わせた少女でさえ失ってしまった。

彼の後ろに生まれる軌跡は、常に泡立ち、すぐに消えていく。手の中に形として残る物は何も無い。

豪華な船に乗り、赤いローブでゆったりと酒を飲む。
信じるもの、仕事、家族、友人達。全てに満たされているように見えるこの男はランカスター・ドッド。通称“マスター”。ある宗教団体を率いる教祖。話はうまく、ユーモアを交えて人を魅了する。

The Master

彼の教えは、自分の過去をどこまでも遡る、過去への旅を通して現在のトラウマを克服するというもの。フレディにとって一番必要なことであったのかもしれない。

The Master

正と負、太陽と月のような二人。
だが、太陽が無いと月が見えず、マイナスがあるからこそプラスを認知できるように、二人は鏡の向こう側とこちら側。フレディがマスターの教えを必要としていただけではなく、お互いがお互いを必要としていた。

何も持たないからこそ自由なフレディ。だが人の愛を渇望していた。全てを持って堂々たる教祖であるマスターは、実は何も持たない自由を羨んでいた。マスターに言い聞かせ、ある種の洗脳をかけていたのは妻のペギー。彼女こそがマスターを操っていたとも言える。
己の“マスター”を持たない自由な人生。だがその“マスター”は自らが生み出す呪縛でもある。

フレディは人の束縛から逃れ、また一人になることを選ぶ。
彼が求めていたことは束縛では無かったからだ。彼が心の底で欲していたもの。それは添い寝してくれる暖かい母親の身体。だがもう手に入れることは出来ない。彼は生きている限り、呪縛から逃れることは出来ないのだった。
それは“マスター”ランカスター・ドッドも同様である。

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