ぅわー・・・何を言おうとしているの・・・と思わずつぶやいてしまうストーリー。会話が多くてまるでデヴィッド・リンチ作品みたいと思いながら必死に話を追いかけるが、難しい。でも最後、ラストの主役エリックの表情から全て読み解けた「気が」した。睡魔と戦ってぜひ最後まで観て欲しい。
■コズモポリス - Cosmopolis -■
2012年/フランス・カナダ/110分
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:ドン・デリーロ「コズモポリス」
製作:パウロ・ブランコ 他
製作総指揮:Edouard Carmignac 他
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:
ロバート・パティンソン(エリック・パッカー)
ジュリエット・ビノシュ(ディディ・ファンチャー)
サラ・ガドン(エリーズ・シフリン)
マチュー・アマルリック(アンドレ・ベトレスク)
ジェイ・バルシェル(シェイナー)
ケヴィン・デュランド(トーヴァル)
ケイナーン(ブラザ・フェズ)
エミリー・ハンプシャー(ジェイン・メルマン)
サマンサ・モートン(ヴィジャ・キンスキー)
ポール・ジアマッティ(ベノ・レヴィン)
■解説:
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」「イースタン・プロミス」のデヴィッド・クローネンバーグ監督が、アメリカ文学を代表する巨匠ドン・デリーロの同名小説を、主演に「トワイライト」シリーズのロバート・パティンソンを迎えて映画化した文芸サスペンス。金融界で時代の寵児となった青年を主人公に、その栄光からの転落を、彼がオフィス代わりにするハイテクリムジンの中を主な舞台に観念的かつスリリングに描き出す。■あらすじ:
ハイテク装備のリムジンをオフィス代わりに、国際情勢をチェックしては相場を的確に予見、若くして巨万の富を築き上げた青年、エリック・パッカー。ところが、そんなあらゆるものを手に入れた資本主義の申し子を、不穏な運命が待ち受けていた。その日、大統領のニューヨーク訪問を前に、街では大勢の市民がデモに繰り出し、床屋に向かったエリックのリムジンはなかなか目的地にたどり着けない。そんな中、人民元取引で壊滅的な損失を出したエリックの運命の歯車は大きく狂い始めるが- (allcinema)
投資で巨万の富を手に入れた青年エリック・パッカー。
どういう風に登場するのかと思っていたら、隣に立つ護衛の人と同じ黒スーツにサングラスという出で立ちで区別が付かない(スーツの値段は違うでしょうが)。それに護衛の人が馴れ馴れしすぎる。ここで、ちょっと違和感を覚えたけれど、これは彼が若いせいかと思い直してずっと彼の行動を追っていく。
今日の予定は髪を切ること。子供の頃から行きつけの下町にある散髪屋をリムジンで目指すが、大統領訪問と市民のデモ、大々的な葬儀が重なって思うように移動できない。そんな中、このリムジンをオフィス代わりに使っているエリックの元へ部下や仕事関係者が次々と訪れる。ついでに年上の愛人も。
このリムジンはエリック仕様のハイテク技術満載となっており、仕事と遊びに必要なものは全て揃っている。青く光る機器が並ぶ車内は、まるでSFに出てくる宇宙船のようだ。タイトル通り、ここはエリックの「宇宙都市」なのだ。この日最初に訪れた部下の後ろ、車窓からニューヨークの街が映るが、いかにも背景を合成しましたというように窓の縁が光って浮いている。まるで昔のSF映画のように。
防弾ガラスと防音壁に守られた車内が宇宙を漂う無音の船内だとすれば、外に広がるのは特に今日騒がしいニューヨークの街。設定は現在なのか、少し先なのか、エリックのように投資で大富豪になった者もいれば、職を失う者もいて貧富の差は拡大、大統領訪問に合わせて市民が大暴れしている。いっそのこと「紙幣」なぞ「ネズミ」になってしまえ(価値を無くしてしまえ)というのが彼らの言い分だ。それほど世の中は酷い有様になっている。
そんな混沌とした車外のことは全然気にしていないエリックは、平気でリムジンから降りていく。エリック暗殺の情報を掴んでいる護衛は気が気では無いが、全然気にしないエリック。タクシーに乗る妻を見つければ、そのタクシーに乗り込み、食堂に入り、新任の女子護衛官とホテルへ。
「人民元」取引で数百億ドルという損失を出したことが判明してもなお、何かを求めるエリック。
それは刺激だ。
そう、刺激。
最近書いた『クラッシュ』でもそうだったが、退屈な毎日を刺激してくれるものを全て金で手に入れた後、それでも求めてやまない刺激は、「生きるか、死ぬか」の本当のアドレナリンを体験することでしか得られないものになる。
護衛官と同じような服装をして街に立ち、サングラスを外す。ネクタイも外し、上着まで脱いでしまう。髪を片側だけ刈った状態で護衛も付けずに危ない夜の街に飛び出し、発砲された時に見せた嬉しそうな表情が、刺激を求める大富豪青年というよりも鬼ごっこをしている子供のようだ。
そう言えば、どうしても手に入らない妻の愛情を求めて、何度も声をかけるエリックも思春期の少年のようだった。ファンだというラッパーが死んだことも知らず、知らされた時に「銃撃で死んだの?やっぱり、そうだよね?ラッパーだものねっ!?」と言いかけたその顔は、世間のことをテレビでしか知らない子供のようでもあった。
自分の命を狙う暗殺者の元へ興奮して駆け上がっていったエリックには、たくさんの従業員を抱え会社を経営しているという社会的な責任感は微塵も感じられない。個人であって個人ではない社会人。加えて経営者ともなれば、経済社会における責任と従業員の生活を守る責任がある。
それを理解していなかった28歳のエリック。
暗殺者がそれを訴えているのに、なお理解できないエリック。
ラストの彼の表情は、これから起きる事に恐怖と絶望が入り交じりながらも、じりじりと得られる刺激に対する「期待」が見て取れた。
エリック役ロバート・パティンソンは青白い顔で有名だけど(一応全部観ている管理人)、最近は貧しい村人(なんの映画か忘れました)役なども演じていて、案外演技派であることに気が付いた。このエリックも何を考えているのか分からない役だから難しかったと想像するけど、ラストの表情は秀逸。ぜひ観て欲しいなー。
上では「刺激」がどうたら書いてますけど、近年、IT関係で成功を収めている青年実業家の今後に対する警鐘なんじゃないかとも思ってます。最近も日本の大手モバイルゲーム会社が大量のリストラをしたそうですし..
コメント
コメント一覧 (2件)
>肉体的、精神的変化をマイナスではなく、常にプラスに
あー、分かる気がします(というほど監督作を観たわけではないのですが..)
他人にとってはどうあれ、本人にとってはそれが至福なわけですね。ようするに自己の幸福を追求した結果だと。それが例え、蠅でもビデオでも吸血生物でもゴキブリ(間違ってます?)だとしても。
人が全員同じ方向を見ているわけではないこと、画一的な社会を否定することを訴えているのでしょうか。確かに監督自身がそれを体現していますよね。
お返事はメールに入れさせて頂きました。
これからもよろしくお願いいたします。
左右対称な非現実的世界の支配者として充足していた主人公が、
左右非対称な現実的刺激を無意識のうちに求めていたというわけですね!
クローネンバーグ師匠は肉体的、精神的変化をマイナスではなく、
常にプラスにとらえていたことを忘れていました!
やっぱりこういう映画は一度観ただけ、
自分の頭の中だけでは完結できないもんですね。
いや~勉強になりました!
なんかもっかい観たくなってきましたわ(笑)