『少年は残酷な弓を射る』(2011) - We Need to Talk About Kevin –

子供を育てるということ。簡単で当たり前なことのようでいて、考えれば考えるほど難しいことに思えてくる。よく言われていることだが、人間を一人育てるということは、自分もその経験だけ育てられているということ。この多様な世界で、人はたくさんのものを手に入れたが、反対に捨ててしまったものも多く思える。

■少年は残酷な弓を射る – We Need to Talk About Kevin -■

Kevin

2011年/イギリス/112分
監督:リン・ラムジー
脚本:リン・ラムジー 他
原作:ライオネル・シュライヴァー「少年は残酷な弓を射る」
製作:リュック・ローグ 他
製作総指揮:スティーブン・ソダーバーグ 他
撮影:シェイマス・マクガーヴェイ
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:
ティルダ・スウィントン(エヴァ)
ジョン・C・ライリー(フランクリン)
エズラ・ミラー(ケヴィン)
ジャスパー・ニューウェル

解説:
主演を務めたティルダ・スウィントンの迫真の演技が高い評価を受けた衝撃のサスペンス・ドラマ。ライオネル・シュライバーの同名ベストセラーを「ボクと空と麦畑」「モーヴァン」のリン・ラムジー監督で映画化。恐るべき事件を引き起こした少年の母親が、幼い頃から自分に執拗な悪意を向け続けた息子との葛藤の日々と向き合い自問する姿を、緊張感溢れる筆致で描き出す。共演は美しさと残酷さを併せ持つ息子を演じ高い評価を受けた新星、エズラ・ミラーと「シカゴ」のジョン・C・ライリー。 (allcinema)

あらすじ:
自由に生きてきた作家であり冒険家でもあるエヴァは、恋人との間に子供が出来てキャリアを捨て家庭に入ることを決める。ほどなく息子ケヴィンが産まれるが、泣く子をあやすのにも一苦労の彼女。幼い頃より反抗する一人息子とうまく心を通わせられないまま時は経つ。そしてケヴィンが16歳の誕生日を迎えた頃、彼の学校からエヴァに緊急連絡が入る-
 



ラ・トマティーナ

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スペイン、バレンシア州の街で開催されるこの収穫祭では互いにトマトを投げ合って、人も通りも家々も全てが真っ赤になる。世界中から数万人もの人が集まり参加するが、若いエヴァもその情熱を持って思う存分楽しんだ。

エヴァはこのように全ての時間を自由に生きていた。世界中を回り、執筆し、自分の世界を謳歌していた。そして、ある街でフランクリンに出会う。木訥だが心が広く優しく包容力のある彼に惹かれ、愛し合うようになった2人。そして妊娠する。

地獄のような産みの苦しみの後、産まれてきた小さなケヴィン。
普通であれば自然とほとばしり出る小さな者への愛情は、エヴァにはわいて来なかった。出産を終わらせたことで精一杯だった。彼女にはこの後ずっと続く、自分の時間を犠牲にした子育てに、思いを巡らせる余裕すら無かった。
今後、ずっと続くであろう“何か”にただただ怯えていた。

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自由を謳歌していた頃はロングヘアーだったエヴァ。その髪をばっさり切ってキャリアを積み上げてきた。子供が産まれてからは家事と育児に専念するはずであったが、髪はショートのまま。家庭に入ってしまうことに、踏ん切りが付かない様子が見て取れる。

愛情深く慈しみ育てるはずだったケヴィン。
2歳になっても3歳になっても会話は出来ず、おむつも取れない。医者に診てもらうが、身体的にも精神的にもどこも異常は無い。自分から出た異物のように息子を見つめる母親には、とうていこの生き物を理解できるはずが無く、2人の間には冷たい何かが横たわったまま、時は流れる。対して父親のフランクリンは、息子の良いところも悪いところも全てを受け入れ愛した。それはエヴァに対すると同じ愛情だった。

数年が経ち、2人目が産まれる。
この愛らしい女の子には、エヴァは自然に母親になることができた。
それを見て育ったケヴィンはもうすぐ16歳。ちり一つ無い部屋で自分の世界を構築し、母親との間にはまだまだ深い溝がある。それでも声をかけてくる父親にはよい息子の体で返事をし、妹もそれなりに可愛がり、そつなく家族を演じている。母親は仕事に復帰していた。
ある日、その母親が一緒に出かけようと言ってきた。いいよ、と返事をしたが、ディナーの席で釘を刺すことは忘れなかった。学校のこと、友達のこと、女の子のこと。普通の親のように会話するつもりだろうけど、何も答える気はないよ、と。
この親子の距離は縮まるどころか、ますます遠のいていた。

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そしてある日、エヴァの勤務先にケヴィンの高校から連絡が入る。校内で生徒達の命を脅かす重大な事件が起こったと。バッグを持ち、学校に駆けつけたエヴァ。途中でフランクリンに連絡するが応答が無い。学校で何が起こったのかも分からず、パトカーや集まってきた父兄であたりが騒然となる中、エヴァは自然と息子の名を呼んでいた。次々と担架で運び出される血だらけの生徒達。そしてケヴィンの名を呼ぶエヴァが見たものは、警官に取り押さえられパトカーに押し込まれるケヴィンの姿だった-  


Kevin

本作は、数年前に起きたこの事件までの出来事をエヴァが回想する形で進んでいく。
大きな家に住む働く女性だったショートヘアのエヴァ。しかし今は髪の手入れもされておらず、古い小さな家にひっそりと孤独に一人で住んでいる。小さな代理店に就職出来たのも昨日のこと。

ある朝、家の外壁に赤いペンキがかけられているのを発見。まだ事件のことは忘れられていない。ヒールを履いて堂々と歩いていたエヴァはもういない。今はスーパーで被害者遺族を見かけたら、隠れなくてはいられない。
ケヴィンは少年刑務所に収監されている。

Kevin

初めての妊娠が分かり、お腹が膨らみだした頃に感じた虚無感。思わず飛び出した妊婦学級の廊下で走り去っていった天使のような女の子達は、エヴァから抜け出た今後の人生に対する“夢”だった。
苦しんだ末にようやく産まれたケヴィンを前に感じた絶望感。この時、エヴァは痛切に感じていた。失った“人生”を。

それらを取り戻そうとすればするほど、ケヴィンは手がかかるようになり、憎悪の目でエヴァを見つめる。自分を陥れ、脅そうとしているとさえ感じる母親エヴァ。
しかし、それらは全てエヴァの罪悪感の裏返しであり、そんな心を見透かすケヴィンは、間違いなくエヴァの息子であり、分身だった。歪んではいたが、2人はお互いを愛していた。
エヴァとケヴィンはそっくりだったのだ。

長い間それを認めたくなかったエヴァは、息子がこの重大な事件を起こした時に気がつく。自然と息子の名が口から出た時に。そして同じく長い間、ひどい反抗期を繰り返していたケヴィンも気がついた。パトカーで母親の元を連れ去られる時に。

Kevin

親子でも兄弟でも相性があり、家族だからといって全てうまく暮らせるとは限らない。この2人は似すぎていたために自分の負の側面を見せつけられているようで、相性は最悪だった。
若い情熱の“赤”を欲しいままにしていたエヴァが、赤い缶詰の後ろに隠れ、赤く汚された家を綺麗に拭き取った時、ようやく大人になったことに気がついたように思えた。ケヴィンの出所はまだ先だが、迎える準備は出来るだろう。そしてケヴィンもそれに気付くほどには大人になっていることを願う。
不幸なこの親子の関係は、決して他人事ではない。

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