前から観よう観ようと思っていたイザベル・アジャーニ『ポゼッション』。それなのになぜ今まで観ずにいたかというと“奇妙で変わった狂気の作品”という噂を聞いていたから(-.-) まさに、噂にたがわぬ奇妙で変わった狂気の二人が主人公でした…
■ ポゼッション - Posession - ■
1980年/フランス・西ドイツ/127分
監督:アンジェイ・ズラウスキー
脚本:アンジェイ・ズラウスキー
製作:マリー・ロール・リール
撮影:ブリュノ・ニュイッテン
音楽:アンジェイ・コジンスキー
出演:
サム・ニール(マルク)
イザベル・アジャーニ(アンナ/ヘレン)
ハインツ・ベネント(ハインリッヒ)
マルギット・カルステンセン(マージ)
■解説:
ポーランドの鬼才アンジェイ・ズラウスキーが、「アデルの恋の物語」のイザベル・アジャーニ主演で描いた不条理スリラー。1981年・第34回カンヌ国際映画祭主演女優賞、第7回セザール賞最優秀女優賞など数々の映画賞を受賞した。映画.com
Contents
あらすじ
長い単身赴任を終えてようやく妻子の待つ自宅に戻ったマルク。だが彼はすぐに妻アンナの様子がおかしいことに気が付く。子どもの面倒もろくにみずに外出する妻に浮気相手がいると分かったマルクは、私立探偵を雇って妻を尾行させることに。その結果、アンナは浮気相手の男も知らない場所に秘密の家を借りていることが判明する ─
見どころと感想
仕事が忙しく自分や子どもに構ってくれない夫に不満を持つ妻は世に多い。単身赴任で不在の中、寂しさから浮気に走ることもあるだろう。でも、これはそういった話では無い。どの夫婦も一度は陥るかもしれない危機ではあるが、「自分のことを考えたい」という妻には、はっきりと“嘘”が見える。
子どもがいるというのに、人目のあるレストランだというのに、大きな声でののしりあい、追いかけて暴れる夫から逃げまどう妻。「彼を先に知っていたら、子どもを産まなかったのに」などと言われてしまったら、誰でも正気を保つことは難しい。夫マルクは、その後、一人でホテルでふさぎ込む。自宅に戻ったのは三週間も後だった。
避けるように目も合わさない妻と可愛い息子ボブ。
家の中はとても暖かい家庭とは言えないほどに汚れ、まだ幼い息子を置いたまま、何日も出かけているらしい妻。それでもマルクはアンナに未練があって、このまま別れてしまうことは出来ない。だがアンナは近くに来られるのも、ましてや触れられるのさえも我慢できないほどに夫への愛は冷めている。というよりも憎しみに近いほどになっている。
夫と妻。妻と愛人。妻の愛人に会いに行った夫…。
本作の登場人物はそう多くはないが、画面に映るのは常に二人だ。そしてその二人はほとんどの場合、目を合わさず、いがみ合い、ののしり合い、時にはつかみ合い、片や殴り、相手は血を流しながら倒れこむ。一人の時は一人の時で、呻き、叫び、狂気の雄たけびをあげ苦しむ。
愛情が感じられ、落ち着いた空気が流れるように見えるのは息子ボブの相手をしている時だけ。それでも相手をしている妻、もしくは夫にはどこか落ち着かない狂気さがはらんでいるのが分かる。
アンナは言った。
自分の中には善と悪がいる。なんとか善で悪を封じていたが、いつしか悪が大きくなり、善はいなくなってしまった。今私の中にいるのは“悪”のみ。
ボブの通う学校の教師はアンナにそっくりだったが、そう見えているのはマルクだけだったのかもしれない。彼女ヘレンこそがマルクにとってのアンナの“善”なのだ。ボブの面倒をみてくれて、自分のベッドにも横たわってくれる。自分の思うとおりに行動してくれる良き“女”。だがこれが、果たして“善”なのか?
アンナは冷たい地下通路でもがき苦しみながら何か得体のしれないモノを産み落とす。そしてそれを育てるために古びた汚いアパートを借り、愛していた夫も、愛していた息子も、愛していた愛人さえも捨て去り、そのモノのためだけに時間を過ごす。邪魔になる者を傷つけ命を奪う事さえ厭わない。
アンナに残ったのは、感情の無い“悪”の搾りかす。夫マルクに残ったものも同じ“悪”の搾りかすのみ。
そんな二人が望むと望まざるとに関わらず、この世に生み出したのは悪と憎悪から生れ落ち、人の恐怖と悪を吸い込み成長する”悪魔”そのものだった。その悪魔は二人の命を簡単に奪ったうえ、見た目はマルクそのものという皮肉。この新しいマルクはこれからも、心に悪を忍ばせている人間を喰い、生きながらえていくのだろう。
ラスト近く、ヘレンの家の扉をたたく音に怯えたボブが、バスタブにはられたお湯に下向きになって浮かんだままになった様子にはひどくゾッとした。彼はこれから起きるであろう悲惨な出来事に耐えられず顔をつけ息をとめたのだろうか?
タイトル『Posession』とは「所持、所有、占有すること」を意味する。
登場人物たちは、何かを自分のものに、自分だけのものにするために行動したが、それは全て失敗に終わった。
最後に明るく笑い本作を終えたのは、アンナたちから生まれたモノだけだった。
監督 アンジェイ・ズラウスキー
ポーランドの映画監督。
Wikipedia
1940年、当時ソビエト連邦の占領下にあったポーランドのルヴフ (現在のウクライナ・リヴィウ) に、作家ミロスワフ・ジュワフスキの息子として生まれる。大叔父には作家イェジイ・ジュワフスキがいる。
■主な作品
- 夜の第三部分 La troisième partie de la nuit (1971年)
- 悪魔 Le Diable(1972年)
- L’important c’est d’aimer (1975年)
- ポゼッション Possession (1981年)
- 私生活のない女 La femme publique (1984年)
- 狂気の愛 L’Amour braqué (1985年)
- シルバー・グローブ/銀の惑星 Sur le globe d’argent (1988年)
- 私の夜はあなたの昼より美しい Mes nuits sont plus belles que vos jours (1989年)
- ズラウスキーのボリス・ゴドゥノフ Boris Godounov (1989年)
- ソフィー・マルソーの愛人日記 La note bleue (1991年)
- ワルシャワの柔肌 Szamanka (1996年)
- 女写真家ソフィー La Fidélité (2000年)
- Cosmos (2015年)