『シリアルキラーNo.1』(2015) - L’affaire SK1

1990年代のフランスで実際に起きた残虐な連続殺人。DNA捜査の重要性を位置づけることになったこの犯罪に挑んだプロフェッショナルな刑事達と、ある意味プロフェッショナルなレイプ殺人鬼との対決を描いているが、逮捕後の公判進行や加害者、被害者遺族の心の葛藤までも描ききり、とても見応えがある。

■ シリアルキラーNo.1 - L’affaire SK1 – ■

2015年/フランス/121分
監督:フレデリック・テリエ
脚本:フレデリック・テリエ 他
原作:パトリシア・トゥーランショー
製作:ジュリアン・マドン 他
撮影:マティアス・ブカール
音楽:クリストフ・ラ・パンタ 他

出演:
ラファエル・ペルソナーズ(シャルリ/フランク・マーニュ)
オリヴィエ・グルメ(ブゴン)
ミシェル・ヴュイエルモーズ(カルボネル)
アダマ・ニアン(ギイ・ジョルジュ)
ナタリー・バイ(ポンス)
クリスタ・テレ
ティエリー・ヌーヴィック
マリアンヌ・ドニクール

解説:
邦題が意味するのはフランス犯罪捜査史上、DNA分析によって犯行が証明された連続殺人鬼(シリアルキラー)の1人目ということ。1991年からパリで起きた、若い女性ばかりが狙われた連続レイプ殺人事件を再現。本国では話題作として成功を期待されたものの、公開初日に“シャルリー・エブド襲撃事件”が発生。興行は惜しくも不発に終わったが、リアルな迫力がある佳作だ。

あらすじ:
2001年、フランスの裁判所。被告のギイ・ジョルジュは、11件のレイプ事件を起こして被害者のうち7人を殺した罪に問われる。さかのぼって1991年。パリ東部でレイプ殺人の犠牲になった女性の遺体が見つかり、パリ警視庁の新人刑事シャルリは捜査を担当する。だがそれから数年間にわたって、同一犯によるものと思われる凶行が繰り返される。シャルリら捜査陣が犯人を追い続けるうち、進歩したDNA鑑定技術が導入される ―
(WOWOW)


楽しい食事を終えて皆と別れ、ホッとしながら鍵を取り出し開く自宅の玄関ドア。そこに後ろからいきなり男が怖い言葉と一緒に入り込んできたら?暗い街路樹の下を一人で歩くときには後ろをとても気にかけ注意していたとしても、玄関ドアを開ける時には一気に出る疲れと安心感でとても無防備に。
そこを狙って押し込み、レイプし拷問の上、惨殺。こんな計画的で残酷な犯罪を何度も犯した男がいた。

本作は、この男ギイ・ジョルジュの2001年に行われている裁判の様子と、実際に犯罪が起きた1990年代の刑事達による捜査が平行して描かれている(その都度、出る日付をきちんと把握していないと少し混乱するかも・・)。
と言っても、犯罪、捜査、逮捕、裁判という単純な物語ではなく、捜査する刑事達の情熱や確執、冷酷な殺人鬼ギイの同情するべき幼少期、被害者遺族や生き残った女性被害者の苦悩や捜査過程による人権侵害とその後の人生の変化。そして何よりごく普通の人生を生きていた、ごく普通の女性の生活と、そこにいきなり入り込み未来を奪った凶悪な犯罪が浮き彫りにされていく。

まぁ、犯罪捜査ものではよくある描き方ではあるのだが、なんというか、くどくない演出と、あまりされない言葉での説明が、よりこの作品に没頭させるような作りになっていると思う。それには時代の行き来も手助けに。

また、被害者が殺されてしまった事件の詳細については映像化されていない。何故なら、その件を知っているのは犯人ギイだけであり、彼が自白しない限り真実は闇の中だからだ。だから懸命に警察は現場検証をはじめとして捜査する。
それだけに、自宅に押し込まれたものの間一髪で逃げ出した女性が受けた暴行と事件の成り行きは、とてもリアルにあからさまに映像表現されていて、その簡単な事件の始まりと、誰でもが簡単に巻き込まれる可能性のある凶悪な犯罪の存在にゾッとする。ミステリー仕立てではあるものの、これが実際に起きた事件であることを、ここでもまた考えさせられる。

この犯人をずっと追ってきた刑事シャルリが、ようやく捕まった連続殺人鬼容疑者ギイを尋問するシーンはとても印象的だ。フランスではずっとなのか、当時だけなのか分からないが、尋問は尋問室ではなく刑事部屋で行われている。
シャルリはずっと頭の中で組み立てては崩し、組み立てては壊してきた“像”でしかなかった犯人と対峙する。それには自らを落ち着け、相手も落ち着かせ、しゃべらせる為に照明を落とし酒までも用意する。まるで自宅に招待した友人でもあるように。

ギイはそれを気付いたのか、気付かなかったのか、、
最初の一件目から詳細に起きた事の説明を始める。まるでさっきまでその現場にいたかのように。後に裁判で自白は強要されたものだと撤回するものの、このシーンでの彼は自分の犯した犯罪がとても誇らしいかのようにさえ見えるのだ。
だからこそ「シリアルキラー」と彼は呼ばれる。

このようにギイは悪魔のように描かれていくが、彼が裁判で最終的に罪を認めるシーンでは何故か彼と一緒に涙がこぼれる。それは懸命に捜査してきた刑事への賞賛なのか、被害者遺族の救いへの気持ちなのか、ギイを本当の意味で救うために動いた弁護士への拍手なのか、、、それともギイの不幸な生い立ちと人生に対する同情なのか、、

― それは分からない

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