『インターステラー』(2014) - Interstellar –

物理について全くの素人(私ですね(・∀・)でも何とかついていけるノーラン監督の壮大なSF・家族愛ドラマ。難しい方程式、状況はイメージしやすい言葉にも置き換えられ説明されているため、小学生高学年にも鑑賞可(好き好きはあるけど)で、長さも気にならなかった。

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■ インターステラー - Interstellar – ■
2014年/アメリカ/169分
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:ジョナサン・ノーラン、クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス 他
製作総指揮:ジョーダン・ゴールドバーグ 他
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
音楽:ハンス・ジマー
 
出演:
マシュー・マコノヒー(クーパー)
アン・ハサウェイ(アメリア・ブランド)
マイケル・ケイン(ブランド教授)
ジェシカ・チャステイン(マーフ)
マッケンジー・フォイ(マーフ少女時代)
ティモシー・シャラメ(トム)
ジョン・リスゴー(ドナルド)
デヴィッド・オイェロウォ
コレット・ウォルフ
フランシス・エグゼビア・マッカーシー
アンドリュー・ボルバ
ウェス・ベントリー
ウィリアム・ディヴェイン
デヴィッド・ジャーシー
ケイシー・アフレック
リーア・ケアンズ
トファー・グレイス
マット・デイモン

解説:
「ダークナイト」「インセプション」のクリストファー・ノーラン監督が、理論物理学者キップ・ソーン博士のスペース・トラベルに関するワームホール理論を下敷きに描くハードSF超大作。かつてない危機に直面し、新たに発見されたワームホールを利用した超遠距離惑星間移動に最後の希望を託す人類の運命と、重大な使命と引き換えに永遠の離別を迎えようとしている一組の父娘の絆を壮大なスケールで描く。主演は「MUD マッド」「ダラス・バイヤーズクラブ」のマシュー・マコノヒー、共演にアン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、マイケル・ケイン。

あらすじ:
近未来の地球。環境は加速度的に悪化し、植物の激減と食糧難で人類滅亡の時は確実なものとして迫っていた。そこで人類は、居住可能な新たな惑星を求めて宇宙の彼方に調査隊を送り込むことに。この過酷なミッションに選ばれたのは、元テストパイロットのクーパーや生物学者のアメリアらわずかなクルーのみ。しかしシングルファーザーのクーパーには、15歳の息子トムとまだ幼い娘マーフがいた。このミッションに参加すれば、もはや再会は叶わないだろう。それでも、泣きじゃくるマーフに“必ず帰ってくる”と約束するクーパーだったが ―
(allcinema)


宇宙のことを考え出したら、あまりに果てしがなくて目が回るので、いつも適当なところで切り上げる私めが想像できる範囲は、せいぜい太陽を中心にした地球を含む太陽系程度^^;
物理の世界も全く関知していない自分がこの作品を簡単に説明すると、、

世界規模で異常気象が続く中、地球砂漠化現象のせいなのかしょっちゅう土埃による嵐が巻き起こる近未来の地球。太陽は遮られることが多く植物が育たない。その結果食糧難に陥ったうえ、植物が減少することで大気中の酸素も足りなくなってきている。地球が死の星へと変わりつつある世界では生きていくことが精一杯で、各国の軍隊も解散。人類はその日、その日を生き抜いている。
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この地球の状態は主人公であるクーパーの住む広大な畑と一軒家でしか表現されず、都会の姿は一切出てこない。軍隊が無くなったのは説明されるが、政府は機能しているのか、なども不明のままだ。これはクーパーら一般市民の持つ感覚に近いのかもしれない。政府が機能していようといまいと、明日口にする食糧や必要な物、金は全て自分たちで何とかしなくてはならないのだ(これらのことを考えると、都会生まれの都会育ちである人間は花一本育てるのも大変で自給自足はかなり困難なのかも、、と考えたり)。

元宇宙飛行士クーパーには15歳の息子トムと10歳の娘マーフがいる。妻は他界しており、妻の父親であるドナルドと4人暮らしだ。マーフは少し変わった娘ではあるが、クーパーから見るとそれは自分に似ているため彼女の良き理解者でもある。その娘の部屋には娘が言うところの“幽霊”が住んでいて、壁一面の本棚から決まって数冊の本を落とすイタズラをする。そしてこの落とされた本の規則性こそが、今後続いていく壮大な物語を収束させる鍵となる。それに気が付いたのはこの世で、クーパーとマーフだけだった。
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前に進むためには、後ろに何かを置いていかなくてはならない
哲学的なこの一文は「運動の第3法則」を説明したものだそうだ。「作用・反作用の法則」とも言われる。本作は「現状に甘んじること無く、決して諦めず、前を向いて進んでいけ」と観る者に教える。「ただし、同時に何かを諦めることも必要だ」とも。

クーパーは人類存続の鍵を見つける旅に出るために、娘の悲しみを置き去りにしてしまった。だが何かを置き去りにしたのは彼だけではなく、他の飛行士達も同じであり、心の傷と共に彼らは宇宙に飛び立ったのだ。この人間らしい感情というものも本作ではとても大事にされている。それは人間としてとても当たり前のものだからだ。宇宙船のクルーもまた人間であり、ミスもすれば苦しむこともある、と。メリハリを付けるためにそこで異彩を放つのが人型では無い合理的なスタイルのロボット、TARSやCASEだ。彼らの変わった見てくれはとても良く出来ている。
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本作には巨大なブラックホールも出てくる。ブラックホールと言えば今まで巨大な宇宙式掃除機的な負のイメージを持っていたけれど、違っていたみたい(-.-) 何事も負の側面の裏には“プラス”がくっついており、ここでもやっぱり出てくるのが「作用・反作用」なんですね(ホントに勉強はちゃんとやらないとダメですね)。

 
この記事を書くに当たって本作が169分もあった事を後で知ってビックリ。人類を存続させるために居住先の星を探しに行く物語であるのと同時に、父娘の絆の物語でもある本作は、大げさな音を使わないまま観る者を飽きさせること無く、ぐいぐいと最後まで引っ張っていく。
観終わって感じたのは、隣にいる大事な人を愛し守ることが出来ない人に、人類のための仕事は出来ないのかな、と。特に本作では人類未到の宇宙の果てに飛び出した科学者や飛行士は地球帰還を約束されていない。人類のための自己犠牲の精神を、“この世にたった一人の父親”を失うかもしれない娘に説明しなくてはならなかったクーパー。娘はまだ10歳そこそこ。この説明のための方程式はどんな科学者が挑んだとしてもきっと見つからないだろう。