『オールド・ボーイ』(2013/アメリカ) - Oldboy –

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ぅー、、ジョシュ・ブローリンが格好良すぎるなー。韓国版の主人公オ・デスはどこまでもうだつの上がらないサラリーマンとして描かれていたように思う。印象的な雨の拉致場面、横動きのアクション、監禁理由が明かされる場面、あの衝撃的なラストシーンなんかも残念ながら完璧に負けている。そのラストなんですけどね、―

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■ オールド・ボーイ - Oldboy – ■
2013年/アメリカ/103分
監督:スパイク・リー
脚本:マーク・プロトセヴィッチ
製作:ロイ・リー 他
製作総指揮:ジョー・ドレイク 他
撮影:ショーン・ボビット
音楽:ロケ・バニョス
 
出演:
ジョシュ・ブローリン(ジョー・デュセット)
エリザベス・オルセン(マリー・セバスチャン)
シャールト・コプリー(エイドリアン/謎の男)
サミュエル・L・ジャクソン(チェイニー)
マイケル・インペリオリ
ポム・クメメンティーフ
ジェームズ・ランソン

解説:
土屋ガロンと嶺岸信明による同名マンガを韓国の鬼才パク・チャヌク監督が映画化した衝撃のクライム・アクションを「ドゥ・ザ・ライト・シング」のスパイク・リー監督でハリウッド・リメイク。理由もわからぬまま20年間も監禁された末に、突然解放された男が辿るあまりにも凄惨で哀しい復讐の旅路を描く。主演は「ノーカントリー」「トゥルー・グリット」のジョシュ・ブローリン、共演に「マーサ、あるいはマーシー・メイ」のエリザベス・オルセン、「第9地区」のシャールト・コプリー。

 
あらすじ:
1993年10月。泥酔したジョー・デュセットが目を覚ますと、見知らぬ部屋に監禁されていた。何者かが監視しているその部屋では、食事が与えられ、テレビでニュースを見ることも出来た。そのニュースで彼は、妻が殺害され、自分が容疑者にされていること、幼い娘ミナが養子に出されていることを知る。やがて20年の歳月が流れ、彼は何の前触れもなく解放された。自分は、なぜ20年も監禁され、突然解放されたのか。理不尽な仕打ちに対する激しい怒りが、ジョーを凄絶な復讐へと駆り立てていくが ―

(allcinema)


ストーリーは分かってしまっているから不利と言えば不利なアメリカリメイク版。というのに前半はほとんど同じ運びにするものだから、ついつい韓国版と比べてしまう。でも大きく違っている点が一つ。主人公。
 
Oldboy_2013_27このお話ではまず主人公に同情出来ないとダメなんじゃ?と思うのだけど、アメリカ版主人公のなんとクズ男なこと 仕事中に昼間から酒を食らうわ、社運がかかっているような大きな取引で「任せて下さい。バッチリですよ」と言いながら、クライアントの嫁に勘違いして言い寄るわ、娘の養育費はきちんと払わないわ、娘の誕生日に「まだ3歳なんだから俺がいるかなんて分からないだろ?」と言うわ。挙げ句の果て会社はクビになり、泣きながら大酒飲んで倒れ込む。
まず誰も近寄らないような最低親父。
 
Oldboy_2013_19韓国版でも確かに悪酔いして警察沙汰になったけど、どこか哀愁漂う中年サラリーマンで、同じ情けない状態を描写するにしても妻子を大事にする平凡な男として登場する。だからどうして15年(アメリカ版では20年)も監禁されなくてはならなかったのか?と気になるし、知りたくなる。
でもアメリカ版主人公ジョーはどう?さもありなんって感じだし、それは本人も分かっていて、監禁中に誰がこんな理不尽なことを企てたのかを片手では足りないほどの思い当たる人物名を書き留めていく。本人も自覚してるんだね、自分が恨まれているかもって。
 
Oldboy_2013_18それと雨の拉致場面ですよ。どうしても比べてしまうのはご容赦頂くとして、韓国版の拉致は雨の降る中、雑踏を行き交う人々の傘が上から丸くいくつも映る幻想的とも思えるシーンで突然起きる。
アメリカ版ではこれですよ。これじゃまるで一人『ブレードランナー』じゃないか、と (実際この人は強くて、女レプリカントみたいだけど)
 
監禁されている時の描写はほぼ韓国版通り。けどやっぱり何か足りない。それは割り当てている時間だけじゃないと思う。情けない中年男とクズ男という出発点の違いなのか、役者の違いなのか、ごく一般の人が突然非日常の監禁部屋に入れられたというショックと怒り、疑問、諦め、戦い、などなどがリアルに感じられたのは韓国版だった(でもそれは、もしかしたら同じアジア人かハリウッドの有名人か、というこちらの受け取りかたの違いだったのかも)。
 
Oldboy_2013_23それでもこの辺りまではまだ良かった。解放されてからの後半は普通のハリウッド・サスペンス・アクションになっちゃった。監禁部屋の管理人がサミュエル・L・ジャクソンだったからなのか、一緒に謎を解くことになるヒロインが美人すぎるからなのか。
また、このマリーがジョーと対等な立ち位置で大人の女性として描かれている。韓国版ミドは“おじさん”って甘えてくる子猫のような感じを出しつつも同時に母性を内包する、あの感じがとても良かったし、だからこそのラストでもあったのに。
 
ラストと言えば、ラストも違うんですよ、ちょっと変えてある。どちらが原作に近いのかはさておき、ジョーは笑ったらだめやろ、と。そこ、笑うとこちがいますよ、と。
 
ということで、この『オールド・ボーイ』という映画作品はラストを知ってしまうと面白さは半減する。知ってしまってから観るとすれば、情緒のある、役者が上手い韓国版はそれでも観られるが、ハリウッド版は上記の様々な理由によりつらいものがある。両方観るならハ→韓の順で。片一方だけなら韓国版だけで充分。
 
 韓国版の感想は  『オールド・ボーイ』(2003)