『カニバル』(2013) - Caníbal –

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雰囲気はスペイン映画『私が、生きる肌(2011)』に似ている。とても静かに静かに進行していく中に時折挟まる衝撃的な事実。ホラーと言うよりもドラマ的。それでもやっぱり恋愛ものとは違う気がする。

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■ カニバル – Caníbal – ■
2013年/スペイン・ルーマニア・ロシア・フランス/117分
監督・脚本:マヌエル・マルティン・クエンカ
製作:マヌエル・マルティン・クエンカ 他
撮影:パウ・エステベ・ビルバ
 
出演:
アントニオ・デ・ラ・トレ(カルロス)
オリンピア・メリンテ(アレクサンドラ/ニーナ)
アルフォンサ・ロッソ
デルフィーヌ・テンペレス
マヌエル・ソロ
ホアキン・ヌニェス
ヨランダ・セラーノ
グレゴリー・ブロサール

解説:
カニバリストの連続殺人鬼という恐るべき悪魔の顔を隠し持つ紳士的な仕立職人を主人公に、静かな日常の中で繰り広げられる戦慄の凶行と、思いがけず訪れた純愛の行方を淡々と見つめた異色のスペイン製官能ホラー。スペインのアカデミー賞にあたるゴヤ賞では作品・監督・主演男優賞を含む8部門にノミネートされた。主演は「気狂いピエロの決闘」「アイム・ソー・エキサイテッド!」のアントニオ・デ・ラ・トレ。監督はこれが日本初紹介のマヌエル・マルティン・クエンカ。
(allcinema)
 
あらすじ:
グラナダで暮らす腕のいい仕立て職人カルロス。几帳面で温厚な彼には美しい女性を狙う連続殺人鬼で、その肉を食すというもう一つの顔があった。彼なりの落ち着いた日々を過ごしていたカルロスだったが、アパートの上階に住む女性アレクサンドラを殺めることになり、連絡の取れなくなった妹を探しに彼女の姉ニーナが現れたことから、彼の日常が狂っていく ―

英題:Cannibal


Caníbal_12街角の隅でひっそりと開いている小さな仕立屋の主人カルロス。几帳面で真面目な性格から腕は確かで、仕事が途絶えることは無い。両親は既に亡くなって、独り身の彼は近くのアパートに帰っても仕事の事務処理に余念が無い。
そんな彼も時たま思い立ったように店を閉め、旅に出る。ほんの数日だが高い山にポツンと建っている山小屋に行くことも多い。そんな時、彼は一人ではない。旅先で仕入れた新鮮な一体の身体。まだ生きていることもある。どちらにせよ彼には関係無い。この身体をうまく解体、裁いて新鮮な肉を手に入れることが目的だからだ。
 
さて、本作はスペイン、グラナダの素敵な石畳の街が舞台だ。落ち着いた色調の古い街並み。仕立てのいいスーツに身を包み、物腰の穏やかなカルロスは、そこで何十年も何百年も新しいスーツを仕立て、又は古いスーツを仕立て直している、時代を超えた男性に見える。
丁寧な仕事。狂いの無い鋏。仕立台、生地、色々な道具を全て愛しているように見える確かな仕立ての腕。自宅でもきちんとした身だしなみのまま。だが、彼が一度スーツを脱ぎ、カジュアルな服装になった時、四駆の車を運転しだした時、彼の中の何かが目覚める。
美しい自然。美しいもの。美しい人。彼の目が追う先にあるのは獲物だ。その字の通り、食糧となる獲物。
 
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あれほど穏やかな男性だというのに、彼の狩りの方法は驚くほど激しい。
車を使った方法も多く、獲物の乗る車を事故に導き、怪我を負い弱ったところを持ち帰る。解体場所は先ほどの山小屋。きちんと血を抜き、大きく分けた後、食べやすい大きさに切り分け自宅の冷蔵庫に保管する。一体で20~30枚は取れるステーキ肉。街に戻り穏やかな日常の中でそれを食し、無くなる頃には又、狩りに出かける。
それが彼の人生だった。
 
Caníbal_13そんな彼の人生に思わせぶりな態度で進入してきたのは、アパートの上に住む住人アレクサンドラ。だが彼女はカルロスの準備が出来る前に彼に近付きすぎ、そのまま肉塊となった。
少しして、妹と連絡が取れなくなった双子の姉ニーナがアパートを訪れる。事情のある彼女の話を親身になって聞くカルロス。彼女も又、カルロスと親密になろうとするが、アレクサンドラのように性急なことはしない。その呼吸がカルロスの心を掴んだのだろうか?彼も又、ニーナを大事に思うように。
だが、彼のもう一つの顔は決して無くなりはしない。人が食べ物無くして生きられないと同様に、彼にも美しい女性の肉体が必要なのだった。


 
Caníbal_20カルロスは果たしてニーナに恋愛感情を抱いたのだろうか?ラスト、ニーナをかき抱き「僕の大切なニーナ・・・!」と号泣する姿は、一見、愛した人に叫んでいるようにも見えるが、今思い返してみると、こうにも聞こえる。
「僕の大事なニーナ。美味しい肉になるよう、時間をかけて育てていたのに・・・!」
え?ひどい?
確かにマッサージをされている時、感情の高ぶりを感じたかもしれない。それでもすぐに逃げだして狩りに走ったのは、やはりその感情は「恋愛」ではなく、「食欲」だったのではないだろうか。彼には目の前の獲物をナイフで刺すような真似は出来ないのだ。
 
Caníbal_18ショッキングなシーンはほとんど映されない。けれども、この美しい街並みや自然の中で息が詰まるような、何か張り詰めたような映像は、実はカルロスがどんな時も、穏やかに仕事をしている時にさえ、息を潜めて獲物を物色しているからだ。彼が「人を愛さない」と言ったのは、愛してしまうと「食べることが出来ない」と言ったのでは。「食べる」事が彼の幸せであり、彼の人生の支えなのだ。
 
彼が人として愛したのは、針仕事の老婦人だけだったのかもしれない。