『ピクニックatハンギング・ロック』の謎を解く!

昨日、ご紹介した『ピクニックatハンギング・ロック』。
読み返してみるとあまりに記事の内容がとりとめなく、まとまりが悪い
 
なので本日はレビュー記事で放りっぱなしの投げっぱなしにしている「謎」の解明をしていきたい。「謎を解く」シリーズ第1弾です。お時間があればお付き合いください。
-なお今現在、どのように謎が解明されていくのかは自分にもわかっておりません
 
関連記事:『ピクニックatハンギング・ロック』放送告知(4月2日)
     『ピクニックatハンギング・ロック』視聴直後レビュー編(4月7日)

 

謎の1:誰からのラブレター? 

映画冒頭の少女達の天使さ加減をこれでもか、と紹介していくシーン。
その中でセーラから渡された手紙をミランダが読んでいる場面がある。その内容は-

     
  会って下さい 美しい人
高貴さゆえに あなたを愛す
深く 輝く瞳
額の甘美な趣ゆえ
その高貴な物腰ゆえに
あなたを 愛す
綿毛より柔らかく
空気より滑らかで 美しいからでも
あなたの瞳に住む
キューピッドのせいでもない
なぜだか分かるでしょう
あなたが私を愛してるせい
 
     

あ、かゆい、じゃなくて若い。
Picnic at Hanging Rock_10さんざん持ち上げて持ち上げて、最後に傲慢さで締めくくる。
そんな素晴らしい人に愛されているのは私で、その素晴らしさは私を愛しているから、と。
これはセーラがミランダに手渡す手紙(詩)だけど、てっきりマイケルから頼まれたものと思った自分。だってこんな内容の物をあの狭い世界の中で恥ずかしげもなく渡せるか?と思ってみたが、作品中盤でセーラが詩人だということが分かる。
また生徒達が学校外の人と交流する場はほとんど無いようだ。

Picnic at Hanging Rock_07あわせてマイケルだが、一見繊細な人に見える。が、園遊会から逃げ出しアルバートとお酒を飲み交わしたり、「足を伸ばしてくる」とか言いながら少女達を追いかけるあたり、案外男らしく行動的なのかもしれない。だからこんな詩を書くのは無理か?とも思える。

 

Picnic at Hanging Rock_1975

謎の2:夏のピクニック

コルセットを着け、ストッキングの上にブーツを履く。
校内ではあまり季節感が感じられなかったが、ハンギング・ロックへと馬車で向かう途中、町を抜けて手袋を外したときの爽快感から暑かったのだ、と分かる。
 
Picnic at Hanging Rock_19_1ハンギング・ロックのあるオーストラリア/ヴィクトリア州は地図で言うと一番右下部分。メルボルンのある州だ。温帯性気候地域であり日本とは季節が逆だが、ほぼ同じ気候ではっきりした四季がある。12月〜2月が夏となっており、この事件が起きた2月14日はまだまだ残暑厳しい頃だったことだろう。
日本であったら、夏の昼間は涼しい家の中でお昼寝というのが昔の子供達の定番だと思えるが-。

ハンギング・ロックの場所はメルボルンから北西へ車で1時間ほど。失踪した彼女たちの学校からは馬車で朝出て昼に着くと言っていたから2~3時間ほどか。
ハンギング・ロックを含むこのマドセンの地域は豊かな天然水や温泉(鉱泉)に恵まれ、昔から静養や保養に最適な場所として人気の行楽地。今では豊かな天然水を使ってのワイナリーなどがあるようだ。
馬車での移動や時代的なものを考えると、冬はスキーが出来るほどのこのヴィクトリア州で校外学習を行うのならやはりこの時期となるのだろうか。

謎の3:散策をどうして許したか?

昼食後、散策の許可を願い出た3人の少女。
Picnic at Hanging Rock_04許したのは教師の一人マドモアゼル・ポワテール。それを横目で見ていたミス・マクロウ。
厳しい規律のある学校ではあまり考えられないのではないか?
昼食後、横になってまどろむ教師と少女達にも少し違和感を感じた。

マイケルはこのあたりの総督であるイギリス人大佐の甥だ。
その彼らによる上流階級の園遊会が行われるのも風光明媚なこの場所だ。
でも、オーストラリアといえば囚人の流刑地ですよ。
 

オーストラリアの歴史
1770年にスコットランド人のジェームズ・クックが温帯のシドニーのボタニー湾に上陸して領有を宣言し、入植が始まった。アメリカの独立により、1788年からアメリカに代わり流刑植民地としてイギリス人の移民が始まった。初期移民団1030人のうち、736人が囚人でその他はほとんどが貧困層の人間であった。また、当時は軽犯罪でもオーストラリアに流刑されたという。1828年に全土がイギリスの植民地となり、開拓が進んだ。
ヴィクトリア州については、1803年最初の流刑植民団がメルボルン付近のポート・フィリップ湾に入植したが、わずか7ヶ月で崩壊した。20数年後、再び入植が行われ、ニューサウスウェールズ流刑植民地政府の管理下に置かれた。1851年にバララット (Ballarat) で金鉱が発見され、人口が急激に増加したため、同年ビクトリア植民地政府が成立した。「ビクトリア」の名称は、1851年の植民地政府成立時に在位していた女王ヴィクトリアにちなむ。 1901年オーストラリア連邦成立に伴い州となり、連邦首都キャンベラが選定・建設中、当時オーストラリア最大の都市であったメルボルンに一時的に首都が置かれたこともある。  Wikiより

 
新大陸に次々と船が着き人々がやってくる。アメリカの西部開拓の歴史を見ても分かるように犯罪者もぞくぞくとやってきたはずだ。
現代と比べるわけにはいかないだろうが、良家の子女を預かっている学校にしては、教師達の対応に腑が落ちない。が、厳しく取り仕切っている校長の目から離れて教師、生徒ともに開放感を感じていたのだろうか。

謎の4:マイケルはなぜ必死に捜索するのか?

ハンギング・ロックへ向かう少女達をたまたま見かけたマイケルとアルバート。
軽口をたたくアルバートだが、マイケルのその目はミランダを追っている。「俺は言うだけ番長だがお前は考えている」とアルバートに指摘されるが、果たしてその意味は?
そしてなかなか警察が3人の捜索の結果を出せない中、必死で探し続けるマイケル。天使のようなミランダを助けたい故の行動かと見ながら、ここであなたは思いませんでしたか?
 -証拠隠滅をはかるためではないか? と。
 
少女4人の様子を詳しく語るマイケルに警察も不信感をあらわにして、結構突っ込んだことを聴いていた。ここで絡んでくるのが「謎の1」
マイケルは元々ミランダを知っていたのか?それとも2月14日が始めてだったのか?
詩を書いて渡したかったのは誰だったのか?
ミランダ達は暴行されてハンギング・ロックに打ち捨てられたのではないか?

Picnic at Hanging Rock_1975

謎の5:イーディスの話は本当なのか?

ミランダ、マリオン、アーマ。3人の最後の目撃者イーディス。
叫びながら半ば錯乱状態で岩山を下ってきた彼女。
記憶が途絶えなかなか思い出せなかったが、3人は止めるのも聞かず岩陰に消えて行ったという。
さらには、岩山から降りてきた際に下着姿のミス・マクロウとすれ違ったという。
う~ん、本当かな?
これら最後の目撃証言はイーディスだけであり、それを証明する者はいない。
反対に言えばなんとでも言えるということだ。
 
まず3人の最後の姿を見たときは、ハンギング・ロックで気分が悪くなり横になって寝てしまった後だ。ふと気がつき目撃するが、気分は朦朧としていたはず。それにその場面を目撃したとして、なぜ叫びながら走り出す必要が?
Picnic at Hanging Rock_11次にミス・マクロウだが、あのロッテンマイヤーさんがどうして下着姿で歩いているのか?すれ違ったということはハンギング・ロックを登っていたということだろうが、どうして叫び泣いている生徒を無視するのか?
ミス・マクロウも暴行されて茫然自失状態だったとする説もあるそうだが、ミス・マクロウを暴行?
すみませんが、ちょっと理解できませぬ。

もともとこのイーディスは、不平をだらだら言っては邪魔をする、ちょっとお荷物的存在な女の子だ。
こういうタイプは注目されたい願望のあるタイプだと思う。自分が注目されるのなら、ついつい作り事をしゃべってしまう。3人の最後の目撃談はまだしも、ミス・マクロウの話はどうだろう?ついでに取って付けましたな感じを受けたが-。
 
じゃあ何故ミス・マクロウまでいなくなってしまったのか?
往きの馬車の中でハンギング・ロックは100万年前に出来たものだと説明し、大自然の中に来てまでも、椅子に座り数学の本を読む。
そんな時、ふと魔が差しませんか?何もかも捨てたくなりませんか?

謎の6:校長の喪服

良家の子女ではない孤児セーラ。
もともと反抗的であったのに後見人から授業料の振り込みが途絶えてしまった。
それでなくても学生の数が減り、事件のせいで経営が傾いてきている。可愛そうだが退学してもらうしかない。後見人に連絡が取れないからセーラの行き先は元いた孤児院だ。可愛そうだが、慈善事業じゃないんだから。慈善事業じゃないんだから-。
 
何度も練習してセーラに退学と孤児院行きを告げる。今まで通り高圧的に。その後、どうなるかは予想出来ていた。分かっていた。全て分かっていたが、学校の経営が一番大事だ。他にもまだ生徒達がいるんだから学校を潰すわけにはいかない。
 
こんな大変な時になぜミス・マクロウはいなくなってしまったのか?一番頼りにしていたのに。その男性的な聡明さを頼みにしていたのに。彼女なら自分の事を分かってくれたはずなのに。
セーラをいじめた訳じゃない。学校経営全体を考えてやっただけのこと。慈善事業じゃないんだから、慈善事業じゃないんだから。
 
あまりに多くの人がいなくなってしまった。せめて連絡が来る前に準備しておこう。
自分もただではすまないだろう。最後は毅然として-

Picnic at Hanging Rock_1975


謎の7:冷静なマドモアゼル・ポワテール
謎の8:夜は気温の下がる場所で1週間。なぜアーマは助かったのか?
謎の9:失踪した3人に何が?

などなど、まだ確信に迫る謎はありますが、特に8・9は結果が出そうにないので、今回の検証はこれまでとしたいと思います。何か思いついたら続きはその時に。
謎が謎を呼んだだけの中途半端なことになってしまった
 
ではまた
 

見えるものも私たちの姿も ただの夢 夢の中の夢・・・
Picnic at Hanging Rock_1975

30秒で読めるお気楽レビューはこちらfacebookで
Momoな毎日 | Facebookページも宣伝