『クラッシュ』(1996) - Crash –

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クローネンバーグにこんな作品があるんですねー。生々しい夫婦の話かと思っていたけど、やっぱり一筋縄ではいかない内容。今回、精神的に結合、融合するのは自動車で、それをそのまま「性的エネルギーの解放」に使用。『ザ・フライ』みたいに見た目は結合していないから、逆にその異常さが極められていたように思う。日本では成人映画指定を受けての公開でした。
 
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■クラッシュ - Crash -■
 1996年/カナダ/100分
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:J・G・バラード「クラッシュ」
製作:デヴィッド・クローネンバーグ
製作総指揮:ジェレミー・トーマス 他
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:
ジェームズ・スペイダー(ジェームズ)
デボラ・アンガー(キャサリン)
ホリー・ハンター(ヘレン)
イライアス・コティーズ(ヴォーン)
ロザンナ・アークエット(ガブリエル)
 
解説:
D・クローンネンバーグがセックスをテーマに取り上げ、カンヌ映画祭でその評価が賛否真っ二つに別れた問題作。
 (allcinema)

あらすじ:
カナダ、トロント。倦怠期を迎えた夫婦ジェームスと妻キャサリンは夫婦外での情事にふけり、お互いを刺激し合っていた。ある日、出張で空港へ向かっていたジェームズはハイウェイ上で正面衝突事故を起こしてしまう。相手のドライバーが死亡するほどの大事故だったが、彼はその時の衝撃と興奮を忘れられなくなり-


これも随分前に1度観た作品。きっと理解できなかったんでしょう。ジェームズ・スペイダーとロザンナ・アークエットが出ていること以外、記憶に残ってない..。ということで再見してみた。
 
散らばった書類に目を奪われ大事故を起こしてしまったジェームズ。彼には美しい妻キャサリンがいるが、最近倦怠期。夫婦のセックスだけでは満足できず、名前も知らないような他人と情事にふけってはお互いに報告し合うことで刺激を求める日々を過ごしていた。
Crash_1996_15この2人のそういうシーンがかなり映されるが、愛情はあるんだろうけど“優しさ”があまり感じられない。どこか機械的で自己中心的でもあり、だから飽きるんだろうな、と。こんな内容の作品なのに、オープニングロールの文字が冷たい氷のようで、まるでSF作品か何かのよう。この氷の文字は2人の関係を表しているのか。
 
そんなつまらない毎日に起きたこの事故がジェームズの何かを目覚めさせた。おそらく最初は日常では見たことがないほどに破壊された自分の愛車に対して。
中に臭うガソリンと人の体液のような悪臭。その中で大怪我を負いながらも生き残ったからこそだが、その非現実的な状態に目を奪われてしまう。この自分の車に、ぶつかった車の運転手がフロントガラスを突き破り飛び込んだのだ。むごい惨状だった。
 
Crash_1996_16おそらく普通はこんなになった車を見にわざわざ事故車置き場を訪ねたりしない。しかし、その場には同じ気持ちで訪れていたもう1人の人間がいた。相手車に乗っていた死んだ男の妻ヘレン。
2人は「人には説明出来ない何か」をすぐに理解し合う。
 
「類は友を呼ぶ」で、すぐに同じ嗜好の男ヴォーンと知り合ったジェームズは、退屈していた妻キャサリンやヘレン、ヴォーンの仲間のガブリエルらと共に究極の世界を模索し始める―


 
主題は「性」そのもの。その生々しい、個人個人の秘密の世界を無機質な車と融合させ、混み合っている高速道路で露出する。彼らがやろうとしたことは、他人に見せつけ、より満足いく結果を求めようとしたことに他ならない。
 
ヴォーンやガブリエルの身体には夥しい事故の傷跡がある。普通これは痛みを伴うものだから目をそらしたくなるはず。しかしジェームズやキャサリンには羨ましい勲章のように見える。身体に残った傷跡はその証拠であり、いつでも思い出し経験をなぞることが出来るからだ。そしてそれが大きく深ければ深いほど、快楽に身をゆだねた時の記憶が痛烈に蘇る。
そしてその先にあるものは、もはや“死”でしかない。
エロスとタナトス― 人の命を産み出すはずの「性」は「破壊と死」とも隣り合わせる。
 
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ラストでジェームズが妻にかける言葉は、今度こそ大きな傷跡を手に入れよう、という意味なのだろう。その勲章で満足する性を謳歌するために。
 
 
 
・・・ホントに破壊的変態物語です。
でも演じている俳優達は一番脂ののった美しい時だったのではないか、と思える。