『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977) - Saturday Night Fever –

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「フィーバー」という言葉を世界中に知らしめ、ディスコダンスのそのポーズを知らない人はいないだろう、というほど世界中をフィーバーさせたダンス映画。イタリア系の濃い顔のお兄ちゃんはトラボルタ23歳。まだ少年の面影が残っていて若い!この有名なダンス映画を、週末のたんびディスコに通っていた管理人が久しぶりに観てみたよ。
 Saturday Night Fever_1977

■サタデー・ナイト・フィーバー – Saturday Night Fever -■
1977年/アメリカ/118分

監督:ジョン・バダム
脚本:ノーマン・ウェクスラー
原作:ニック・コーン「Tribal Rites of the New Saturday Night」
    (邦題「新しい土曜の夜の部族儀式」)
製作:ロバート・スティグウッド
撮影:ラルフ・D・ボード
音楽:ビー・ジーズ、デヴィッド・シャイア
出演:
ジョン・トラボルタ(トニー)
カレン・リン・ゴーニイ(ステファニー)
バリー・ミラー(ボビー)
ジョセフ・カリ(ジョーイ)
ポール・ベイブ(ダブルJ)
ドナ・ペスコウ(アネット)
 
解説:
公開当時ダンス・ブームという社会現象を起こし、“フィーバー”なる言葉を定着させた、ジョン・トラヴォルタの出世作。派手なダンス・シーンばかりが話題になった作品だが、単なるダンス映画ではない。友人の死、異性や友人との人間関係を通して、ある一人の若者の成長を描いた青春映画である。
 (allcinema)
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あらすじ:
ブルックリンに暮らすトニーは塗料店で働くが、毎週土曜の夜はディスコに繰り出し、自慢のダンスで日頃のストレスを発散していた。そんなある夜、ディスコで初めて見かけた女性のダンスに魅了され、近く開催されるダンスコンテストのパートナーに誘おうとするが-


70年代のディスコと音楽とは?まずは、これですね。

 
洒落たシャツにパリッとした(パンタロン気味の)スラックスで、トラボルタが踊る。
髪は綺麗になで付けられ、胸元には2重の金ネックレス、靴のかかとは高め。
ぱっと見、にやけた親父くさいお兄さんが、白いスーツで踊る頃にはかっこよく見えてくるから不思議。
 
Saturday Night Fever_1977ブルックリンの下町で家族と暮らすトニー19歳。
父親は半年程前に失業し、生活は苦しい。父親はやり場の無い怒りをつい母親に向けて、家の中は最近がさついている。両親の唯一の慰めは神父として教会で勤めるトニーの兄フランクのみ。トニーはいつも比べられ小言を言われるが慣れっこだ。
トニーは高校を出て塗料店で働いており、愛想良く機転がきき、客受けもよくて店主にも重宝がられている。給料もアップしてもらったが、同じ店で長年働いている年長の店員を見ていると気が沈む。
 ―この人達は俺の10年後、20年後の姿なのか?
 
Saturday Night Fever_1977そんなトニーの唯一の楽しみは週末のディスコ。ばっちりキメて仲間と繰り出し、得意のダンスで盛り上げる。目下の目標は、もうすぐあるダンス・コンテストで優勝することだが、何かと言い寄ってくるアネットをパートナーにしてみたものの、今一乗らない。そしてある夜、ダンスの上手なステファニーを見つけた彼は、急遽、パートナーを申し込み、アネットを捨ててステファニーとコンテストへ参加することに。
トニーと結婚することを夢見ていたアネットは、なおもトニーにつきまとうがトニーは目もくれない。
そんな時、兄フランクが神父を辞めて家に戻ってくる。落胆し言葉も出ない両親に代わり、その理由を兄に尋ねるトニーだったが―
 


 
こうやって書くと、チャラチャラしたダンス好きのお兄ちゃんの映画のようだけど、違うんです。
Saturday Night Fever_1977仕事はきちんとこなし、店員としても優秀。家に食費も入れている。兄を尊敬し、妹を可愛がり、「家族と一緒に夕食をお食べ!」と母親に言われたら、「今から出かけるんだけど・・」と言いながらもきちんと食べる。でも、どこかに「どうせ俺はロクデナシだ」という思いがある。
毎日の仕事、仲間とつるむ週末のディスコ。ディスコではキングの彼だが、何か足らない、将来が見えない。でも何が足らないのか分からない。どうすればいいのかも分からない。
そんな時、出会った年上のステファニーは、はっきり彼に告げる。
 ダンス以上の関係には決してなりたくない。
 精神的にも教養的にもあなたと私は釣り合わない。
 今はブルックリン住まいだけれど、きっとマンハッタンに住んでみせる。
トニーはこんな鼻持ちならないステファニーに怒ることもせず、感心してしまう。自分と違い、目標を持ち、それに向けて努力していることを。そして目標に近付くためには、少々の犠牲も必要だという大人のやり方を知る。
 
Saturday Night Fever_1977同時に両親の誇りである兄に神父を辞めた理由を聞いたトニーは、両親の希望通りに神父になってはみたものの、自分には合わないことが分かった。自分の人生は自分で見つけろ、と言われる。
兄は成功したと思っていたトニーは、人生は「職業」で勝ち負けが決まるわけでは無いことも知る。
 
そんな時に、ずっと恋人の妊娠で悩んでいた幼友達ボビーが自殺のような形で死んでしまう。この町で何も知らないまま、何も為さないまま死んでしまったボビー。トニーは人生のための第一歩を踏み出すことを決意する。
それは「共生」から「自立」へ
自立して初めて一人の人間が大人になり、自立して初めて人を助けることが出来、共に生きていける。
トニーはようやくスタートラインに立った。
 
 
ね、チャラチャラしてないでしょ。
この作品でスターにのし上がったトラボルタは、この後、数本の映画のうちは人気を持続したけれど、皮肉なことにトニーの部屋に貼ってあったポスター「ロッキー」のスタローン監督作『ステイン・アライブ(1983)』(サタデー・ナイト・フィーバー続編)でこける。
Pulp Fiction映画出演はぼつぼつと続いていたが、ほとんどあの人は今状態になっていたところ、救いの手を差し伸べたのが、ご存じクエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション(1994)』。
この作品の役「ヴィ~ンセ~ント」でコミカルなダンスをユマ・サーマンと見せてくれた。あー、あのダンスを見た時、彼が復活したのを実感しましたとも!
 
この時はまだふっくら体型だったのを、この後、鍛えに鍛え、『ブロークン・アロー(1996)』では目を疑うほどのムキムキに。そして悪人、ギャング、天使、刑事、軍人、良き父親、歌って踊れる太ったお母さん、となんの役でもこなせるようになる。
1954年生まれのトラボルタは『サタデー・ナイト・フィーバー』の時は23歳、『パルプ・フィクション』40歳。
ビージーズが歌う「ステイン・アライヴ」はこう叫んでいる。
 活力を失うな!生き抜いてやるぞ!!
ではまた