『“アイデンティティー”』(2003) - Identity –

豪雨によって寂れたモーテルに閉じ込められた10人の客とモーテル支配人。そんな密室状態で次々と起こる殺人事件。思いもかけず恐怖の夜に突き落とされた気の毒なメンバーをモーテルのルームナンバーと一緒に登場順に紹介しよう。

identity_2003

■“アイデンティティー” -Identity -■ 2003年/アメリカ/90分
監督:ジェームズ・マンゴールド
脚本:マイケル・クーニー
製作:キャシー・コンラッド
製作総指揮:スチュアート・ベッサー
音楽:アラン・シルヴェストリ
撮影:フェドン・パパマイケル

出演:
ジョン・キューザック(エド)
アマンダ・ピート(パリス)
ジョン・ホークス(ライリー)
ジョン・C・マッギンリー(ジョージ・ヨーク)
レイラ・ケンズル(アリス・ヨーク)
ブレット・ローア(ティミー・ヨーク)
レベッカ・デモーネイ(カロライン)
ウィリアム・リー・スロット(ルー)
クレア・デュヴァル(ジニー)
レイ・リオッタ(ロード)
ジェイク・ビジー(ロバート・メイン)
アルフレッド・モリーナ(マリック医師)
プルイット・テイラー・ヴィンス(マルコム・リバース)

解説:
嵐の夜、一軒のモーテルで身動きのとれない11人の男女が一人ずつ謎の死を遂げていく恐怖をミステリアスに描いたサイコ・スリラー。監督は「17歳のカルテ」「ニューヨークの恋人」のジェームズ・マンゴールド。巧みなストーリー展開と驚きの結末が評判となり全米でスマッシュ・ヒットを記録した。
(allcinema)

Contents

あらすじ

雷鳴とどろくひどい嵐の夜。洪水により道路が寸断され、行き場の無くなった10人の男女が寂れたモーテルにたどり着いた。電話は通じず、10人には連続殺人を犯した護送途中の囚人も含まれ、モーテルに不穏な空気が漂う。
そんな中、10人のうちの1人である女優の惨殺死体が発見され、モーテルは一気にパニックに陥る。犯人は自分達の1人なのか?それとも外部の何者かなのか?
囚人が逃げたことを知り、それを追う護送警官と、元警官。
-そして第二の殺人が起きた


登場人物

ライリー モーテル支配人

適当に仕事をしている風な支配人。
女優には媚びを売り、商売女にはあからさまな侮蔑意識で暴言を吐く小心者。やっていることを見ている限り、とてもまともな人物とは思えない。

ヨーク一家(ジョージ、アリス、ティミー) ルーム#4

ジョージとアリスのヨーク夫妻と息子ティミー。
ジョージは義理の父親で、実の父親は息子に暴力をふるっていた。それが理由なのかティミーは言葉をしゃべらない。ジョージは生真面目で、マニュアル通りにしか行動できない性格。
そんな家族がドライブ中豪雨にあい、不運にも車がパンクしてしまう。マニュアルを思い出しつつ、タイヤを交換しようとするジョージ。しかし不運はこれだけでは無かった。様子を見に車から降りたアリスが突然走ってきた車にはねられ大怪我を負う。はねた車の運転手は女優を乗せたエドだった。

パリス ルーム#7

田舎を出てエスコートの仕事をしていた彼女。
仕事にも都会にも疲れ、果樹園を手に入れるため田舎に戻る途中であってしまった豪雨だった。気持ちはすさみ、人を信じられなくなってはいたが、優しい心を捨て切れてはいない。貯めたお金で小さな果樹園を経営して、のんびりした人生を送るために全てを捨てた。そんな矢先に起きたトラブル。
次々と人が殺され、パニックになりそうになるが気丈に振る舞い、このメンバーの中で唯一信頼できそうなエドの手助けをする。そんな中、護送警官と囚人の秘密を知ってしまう。

カロライン ルーム#8

落ち目の女優。プライドが高く、化粧も厚い。
豪雨など関係ない。泊まるホテルのランクでエージェントに不満をぶつけていた時に乗っていた車がアリスをはねた。人をはねても関係ない。
仕方なく寄った先の寂れたモーテルでも「一番いい部屋を」とセレブ気取りなのが笑わせる。
怪我人のために動いているエドや他の客を尻目に、豪雨で繋がらない電話を片手に部屋を出て殺人鬼に捕まった。最初の犠牲者である。

エド ルーム#3

カロラインの雇われ運転手。元ロス市警。
警官時代、自殺しようとしている女性の説得に失敗し、目の前で飛び降りられた経験があり、心に傷を負っている。大怪我を負ったアリスをなんとか病院へ運ぼうと力を尽くすが豪雨に遮られる。出来る限りの治療を施すあたり、起きた事への対処能力は優れており、人道精神にもあふれている。閉じ込められたメンバーの中で唯一信頼できるように見える。
が、どこか不自然だ。豪雨で見通しが悪かったとはいえ、アリスをはねた事の謝罪が一切ない。その後の対処は素晴らしいが、何か欠けているような一抹の不安が残る。本当に信頼できるのか?

ルーとジニー ルーム#6

結婚してから9時間。典型的な田舎のカップル。
ジニーの妊娠で仕方なく結婚を決めたルーだが、浮気心は隠せない。その目はついついパリスを追ってしまう。
ヒステリックなジニーは気に入らない。女優の死体発見後も勝手な行動をとり、殺人が続くのは妙な言い伝えのある先住民の墓が近いせいだと言い出す始末。ここで物語は一気にホラーめいてくる。殺人者は本当に「人」なのか?

ロード(刑事)と囚人 ルーム#10

連続殺人を犯した罪で服役中の囚人ロバートを護送中のロード刑事。
1人目の被害者カロラインの惨殺現場にあったルームキーが「10」だったことから、この囚人ロバートに嫌疑かかかる。が、ロバートは繋がれていた鎖をはずし逃亡した後だった。
いかにも犯罪面のロバートだが、ロードも刑事にしてはどこか怪しい。簡単にはずせる鎖、証拠物件に手で触れようとするなど行動に緊張感が無い。

以上が、恐怖のモーテルに閉じ込められた11人だ。
だが、この作品にはもう一つのストーリーが同時進行で進められる。

マルコム・リバース 死刑囚

4年前、6人を惨殺し死刑が確定している死刑囚。
だが執行前日のこの嵐の夜、新たに見つかった証拠を元に再尋問が行われることになった。集められたのは、判事、検事、弁護人、精神科医マリックとマルコム本人。医師マリックはずっとマルコムを調査してきた精神科医だ。皆が揃ったところで新しい証拠を元にマリックがマルコムに話を聞いていく。

モーテルでの連続殺人とこの死刑囚である殺人鬼に何か関係があるのか?
同じ時間軸のように見せかけて実は違うのか?
それとも殺人鬼の霊が何かの力でモーテルの誰かに乗り移っているのか?
などなど、次々と沸き起こる疑問。解決のためのストーリー。
本作は観れば観ていくほど疑問の罠に陥っていく。

この後ネタバレが入るかもしれませぬ。

ところで本作のタイトル「アイデンティティー」とは

同一性のこと。
同一性とは、他のものから対立区分されていることで変わらずに等しくある個の性質をいう。そのような対立区分される個がないという意味での差異性の対語。特に自己同一性(self-identity)というとき、あるものがそれ自身と等しくある性質をいう。
自己同一性とは、自分は何者であり、何をなすべきかという個人の心の中に保持される概念。

なにか難しいようだが、ようするに自分とはなんなのか?どこで生まれ、どこで生き、どこに所属し、誰と生活し、毎日何を考えているのか。これらの積み重ねによって「自分が何者なのか」という認識が個々に生まれ、育っていく。経験によりこの認識は変化していくが、それらも含めての自己同一性=アイデンティティーなのである。
「自分もしくは自我(アイデンティティー)」を確立するためには対する「何か」が必要なことがわかる。
それは場所であり、物であり、人であり、感情である。

真っ暗な、もしくは真っ白な狭い部屋に、たった一人で長時間閉じ込められると人の精神は正常のまま保つことが難しくなる。無機質な場所、観賞する物もない、話す相手もいない。なんの動きも無い、「生」の無い場所では、自我(アイデンティティー)は崩壊に向かうのである。
実話に基づいた映画『パピヨン(1973)』では、狭くて汚い真っ暗な独房に長時間押し込められた主人公が、唯一の友ゴキブリに話しかけ、ゴキブリを食べることで自我を保つ様子が映し出される。人とはなんと残酷なものなのか。

『パピヨン Papillon』(1973)

胸に蝶の刺青をしているところから”パピヨン”と呼ばれた男が、
無実の罪で終身重労働を宣告され、南米仏領ギアナ、デビルズ島の
刑務所に送られる。数度に渡る脱獄を試みるもこと­ごとく失敗する。
しかし、彼は年を老いても諦めなかった-
監督:フランクリン・J・シャフナー
原作:アンリ・シャリエール「パピヨン」
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:スティーブ・マックイーン、ダスティン・ホフマン 他

本作の登場人物、死刑囚マルコム・リバースは作品内の早い段階で「解離性同一性障害」を患っていると明かされる。
解離性同一性障害とは、基本一人に一つしかない自我がいくつもにも分裂してしまう精神疾患のことだ。

解離性同一性障害とは

解離性障害のひとつで、多重人格と云われるもののアメリカ精神医学会・精神疾患の分類と診断の手引 (DSM-IV-TR)での正式名である。 解離性障害は本人にとって堪えられない状況を、離人症のようにそれは自分のことではないと感じたり、あるいは解離性健忘などのようにその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害。解離性同一性障害は、その中でもっとも重く、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものである。 以前は「多重人格障害」と呼ばれていた。「解離」には誰にでもある正常な範囲から、治療が必要な障害とみなされる段階までがある。 不幸に見舞われた人が目眩を起こし気を失ったりするが、これは正常な範囲での「解離」である。 更に大きな精神的苦痛で、かつ子供のように心の耐性が低いとき、限界を超える苦痛や感情を体外離脱体験とか記憶喪失という形で切り離し、自分の心を守ろうとするが、それも人間の防衛本能であり日常的ではないが障害ではない。解離性障害が重症化しやすい特徴として「安心していられる場所の喪失」と考えられている。「安心していられる場所の喪失」とは、本来そこにしかいられない場所で「ひとりで抱えることができないような体験を、ひとりで抱え込まざるをえない状況」に追い込まれ、逃げることも出来ずに不安で不快な気持ちを反復して体験させられるという状況である。Wikiより

マルコムの母親は娼婦を職業としており、子供の面倒もあまりみてはいなかった。挙げ句の果てモーテルに子供を置き去りにし、マルコムは悲惨な子供時代を送っている。
ここで思い出してみよう。
豪雨のモーテルに閉じ込められた11人とルームナンバー。
支配人ライリーをルームナンバー「0」として、この数字はマルコムの分裂していった順を表しているのではなかろうか。途中、数字が飛んでいるのは分裂仕切れず消えて行った仲間ではないだろうか。

通常、解離性同一性障害で生まれる別人格は、自分と正反対の性質の者であったり、基本の自分を助けてくれる者であったりするようだが、マルコムの場合は少し変わっている。現実に出会った者を取り込み、自分に同化させ、一つの人格として育てていっているようだ。

#0ライリー   子供の頃、母親が付き合っていたチンピラ。虐待を受けた。
#3エド     助けてくれた刑事。善の象徴
#4ヨーク一家  子供の頃、夢に見た家族。ティミーは自分でもある。
#6ルーとジニー 里親。虐待を受けたが、内心バカにしていた。
#7パリス    こうあってほしい母親像。娼婦であったことは仕方なかった位には成長した。
#8カロライン  大人になって出会った女性の象徴。見下されていると感じている。
#10ロードと囚人 大人になって出会ったバカな犯罪者

面白いのが、#8のカロライン。8号室の鍵をもらったはずなのに、殺害された後、ライリーが部屋に入る時ルームナンバーは「9」と映る。これはやはり大人になったマルコムにとって、出会った女は全て「カロライン」ということの証明か。

そして殺害された被害者の手に握られているルームキーのナンバーは1098・・・とカウントダウンされていく。
さぁ、最後に残ったのは誰か?

※以上の見解はあくまでも管理人ことmomorex個人のもので、精神医学界、本作製作側の意向とはなんら関係ございません。


このたくさんの登場人物と複雑な事情を一つにまとめあげ映像にした

監督 ジェームズ・マンゴールド

James_Mangold

ニューヨーク州出身の映画監督、脚本家。
『17歳のカルテ』や『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』を手がけたことで知られている。

Wikipedia

■主な作品

  • オリバー ニューヨーク子猫ものがたり(1988)
  • 君に逢いたくて(1995)
  • コップランド(1997)
  • 17歳のカルテ(1999)
  • ニューヨークの恋人(2001)
  • アイデンティティー(2003)
  • ウォーク・ザ・ライン/君につづく道(2005)
  • 3時10分、決断のとき(2007)
  • ナイト&デイ(2010)
  • ウルヴァリン:SAMURAI(2013)
  • LOGAN/ローガン(2017)
  • グレイテスト・ショーマン(2017)
  • フォードvsフェラーリ(2019)
  • インディ・ジョーンズ5
  • The Force
  • Untitled Boba Fett Film


未見のあなたはもちろん、前に観たことがあるあなたも、この『アイデンティティー』を観たくなってきましたね。
この作品があなたのアイデンティティーを形成する一つのかけらになることを願って

ではまた

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • いつもありがとうございます。
    この映画、面白いですよ!極上のミステリーで定期的に観たくなる1本です。
    ほんとヤミツキです。
    もしかして、ネタバレ読んでしまいました?あまりバレてないといいですけど。。
    あ~、殺人の順番を考察するの忘れてたなぁ。
    alai Lamaさんのところの皆さんにお願いしよう。

  • 「アイデンティティー」というタイトルだけ知っていてどんな映画か気になっていたんですが、面白そうですね!
    解離性同一性障害をテーマにした映画は何度か観たことがあるのですが、最後のどんでん返しだったりストーリーがつながったりする瞬間が少し悔しくもありながらやみつきになる面白さがあっていいですよね。
    今度観てみようと思います!

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