『推理作家ポー 最期の5日間』(2012) - The Raven –

文筆業のみを生業としたアメリカ初の作家エドガー・アラン・ポー。その死の真相は謎に包まれており、死因とそれにいたる経過は26もの説があるとされているが、本作では亡くなるまでの最期の5日間を愛のために生きた男としてポーを描く。切り裂きジャックを題材にした『フロム・ヘル(2001/ジョニー・デップ主演)』に似た雰囲気を持つ本作は、子供の頃読んだシャーロック・ホームズなどの懐かしい推理小説を思い出させた。

The Raven_Movie
■推理作家ポー 最期の5日間 – The Raven -■
2012年/アメリカ/110分
監督:ジェームズ・マクティーグ
脚本:ハンナ・シェイクスピア、ベン・リヴィングストン
製作:アーロン・ライダー他
製作総指揮:グレン・バスナー他
撮影:ダニー・ルールマン
音楽:ルーカス・ビダル
出演:
ジョン・キューザック(エドガー・アラン・ポー)

ルーク・エヴァンス(フィールズ刑事)
アリス・イヴ(エミリー・ハミルトン)
ブレンダン・グリーソン(ハミルトン大尉)
ケヴィン・マクナリー(マドックス編集長)
オリヴァー・ジャクソン=コーエン(カントレル巡査)
サム・ヘイゼルダイン(アイヴァン)

解説:
世界初の推理小説家とも言われる偉大なる作家にして詩人のエドガー・アラン・ポー。40歳の若さで亡くなったその死には今なお多くの謎が残され、様々な議論の的となっている。本作はそんなポーの謎に包まれた最期の日々に焦点を当て、彼が自身の小説を模倣する猟奇殺人鬼との壮絶な頭脳戦を繰り広げていたという大胆な着想で描くゴシック・テイストのサスペンス・ミステリー。主演は「ハイ・フィデリティ」「1408号室」のジョン・キューザック、共演にルーク・エヴァンス、アリス・イヴ。監督は「Vフォー・ヴェンデッタ」のジェームズ・マクティーグ。
 
あらすじ:
1849年、アメリカ合衆国ボルティモア。ある夜、密室で母娘が犠牲となる凄惨な猟奇殺人事件が発生する。現場に駆けつけたフィールズ刑事は、それが数年前に出版されたエドガー・アラン・ポーの推理小説『モルグ街の殺人』の模倣であることに気づく。ほどなく第2の模倣殺人が起こり、フィールズ刑事はポーに捜査への協力を要請。ところが今度は、ポーの恋人で地元名士の令嬢エミリーが、彼女の誕生日を祝う仮面舞踏会の会場から忽然とさらわれてしまう。しかも犯人はポーに対し、一連の事件を小説にして新聞に掲載すれば、今後出てくる死体にエミリーの居場所のヒントを残してあげようと戦慄の挑戦状も用意していた。為す術なく、犯人の要求に従い原稿を書くポーだったが-
 (allcinema)


アパートの一室から響き渡る女性の悲鳴。警官隊がかけつけるも時すでに遅く、母親と思われる女性は首がほとんど切り離された状態で横たわり、娘は首を絞められた上、煙突に逆さまに突っ込まれていた。ドアは鍵が中からかけられ、窓は釘で打ち付けられている密室殺人。警官が到着するまで中にいた犯人はいったいどこへ?

The Raven_2012以上はポー1841年発表の短編推理小説「モルグ街の殺人」の冒頭だ。
密室殺人を扱った最初の推理小説とも言われている「モルグ街の殺人」ではこの謎を追うのは素人探偵C・オーギュスト・デュパンだが、本作ではフィールズ刑事が担当する。どこかで読んだような事件だと気付いたフィールズは、それがエドガー・アラン・ポー「モルグ街の殺人」であることに気付く。さっそくポーを引っ立て尋問しようとするも、当のポーは飲んだくれのへべれけだった..。しかしこの殺人事件は始まりに過ぎず、ポーを相手に困惑するフィールズの元へ第2の事件の報告が入る。

The Pit and the Pendulum睡魔に襲われた語り手が再び気を失い、また意識を取り戻すと、牢獄内にはわずかに明かりがともって周囲が見渡せるようになっていたが、しかし語り手は木の台に仰向けに縛り付けられてほとんど身動きが取れなくなっていた。
語り手の頭上には「時の翁」を描いた天井画があったが、しかしよく見ると普通「時の翁」が持っているはずの大鎌がなく、その代わりに先が鎌の形になった巨大な振り子を吊るしていた。そして振り子は前後に振幅しながら、縛り付けられている語り手の心臓めがけてゆっくりと降りてきた。

落とし穴と振り子

The Raven_2012第2の殺人はますます猟奇性を帯び、またもやポーの作品「落とし穴と振り子」を模したものであったことから、フィールズは一転、ポーに捜査協力を依頼する。
この被害者には奇妙な赤い面が被せられており、その内側に「われわれ人間は夢と同じもので織りなされている」という一文が。この文がシェイクスピア作「テンペスト」に登場する魔法使いプロスペローの台詞だと分かったポー。そしてプロスペローとは自身の作品「赤死病の仮面」に登場する王の名であることから、次の惨劇の場所は舞踏会であると推理。折しもポーの秘密の恋人エミリーの父親ハミルトン大尉が開く、年に一度の仮面舞踏会が開かれようとしていた。

The Raven_2012事情を説明しハミルトン大尉に舞踏会の中止を願い出たフィールズとポーだったが、舞踏会は予定通り開催。多くの警備員や警官も仮面を付け客の間に紛れたが、そこへ馬に乗った男が乱入、会場は騒然となる。
男を取り押さえ、これで一件落着と思いきや、男は犯人に雇われた陽動作戦のためのもの。その騒ぎの間にポーの大事な恋人エミリーがさらわれた。エミリーの行方と犯人を必死で追う2人を笑うかのように、ポーの作品を模したかのような殺人もやまない。その現場に残される犯人からのメッセージを頼りに、エミリーを探すポーと警察であったが-


本作は上の3作品の他にも「マリー・ロジェの謎」「ヴァルドマアル氏の病症の真相」「アモンティリヤアドの酒樽」「早すぎた埋葬」「黒猫」など多くのポーの作品が絡められ、それは新たなる殺人であったり、犯人の残した手がかりであったりしながら物語が進んでいき、犯人とエミリーに近づいていく。(Wiki:エドガー・アラン・ポー

The Raven_2012エドガー・アラン・ポーは残された肖像画や逸話などから、神経質で随分ひねくれた変わり者の印象があるが、これらはポーが亡くなった後、ポーのライバルによる印象操作であったらしく、実際は人々に愛された心優しい男であったということだ。
本作でのポーはというと、飲んだくれの酒浸りな情けない男として登場するが、それは愛妻を亡くし悲しみのどん底からなかなか抜けられない様子を描いている。しかし新しい恋人エミリーの存在により、少しずつ上向こうとするポー。そこに起きたエミリーの誘拐は、ポーの生命の源を抜き取られたと同じで、ポーは命をかけて犯人を追い詰め、エミリー救出に全力をかける。

タイトル通り、これはポーの「最期の5日間」の話であり死ぬ運命は変えられないが、ポーの死の謎で言われているような“受動的”な死ではなく、愛する者のための“能動的”な死であったことが唯一の救いであったかもしれない。本作を観終わった後は、今まで感じてきた“陰鬱な男ポー”のイメージが“愛に生きた男ポー”に変わるのを実感できるかも。

Virginia Poe原題は『The Raven』。1845年に発表されたポーの物語詩であり、意味は“大鴉(おおがらす:北半球に分布するワタリガラスの一種)”。詩の内容はWikiで確認してもらうとして、ポーはこの詩「大鴉」で有名になり人々にその名を広く知られるようになった。あらゆるところで掲載、模倣され、ポーに「大鴉」というニックネームさえ付いた。
ポーのそれまで発表された短編などは、特にヨーロッパでも大人気でポーの名を有名にしていたが、当時は著作権という観念が今ほど無く、自由勝手に何度も掲載、出版されていたためポーに印税などのお金は入らなく、ポーはいつもいつも極貧生活だった。
-そして1847年、最愛の妻ヴァージニアが亡くなる。

本作になぜこのタイトル『大鴉』を付けたのか。
作中、大鴉が唯一しゃべる「Nevermore(二度とない)」という言葉。ポーは愛する恋人エミリーが出来た後も、結局は人生に全く希望を持てない様子で、全てになげやりにさえ見える。ポーの幸せはヴァージニアと共に去り、もう幸せは「Nevermore(二度とない)」。そして人のために自分の命を差し出したポーは二度と帰らない人となった。
ではまた

The Raven_2012

エドガー・アラン・ポーについてはこちらの記事もご参照ください。 icon-arrow-right 『世にも怪奇な物語』

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